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「青木、この後、部室戻るの?」
問題集をしまったリュックを背負いながら、小西くんは尋ねる。
「ううん、もう片付けて来たから、このまま帰るよ」
私はスマホを制服のポケットに入れる。
最初から、こうしておけば、失くさずに済んだのに。
そんなことを思いながら。
「俺も。じゃあ、一緒に帰ろうぜ」
小西くんは、さらりとそんなことを言う。
一緒にって、一緒に!?
部活が同じわけでもないのに、2人で一緒に帰るって、なんだかまるで付き合ってるみたいじゃない?
だけど、好きな人からの誘いを断ることなんてできるわけもなくて……
「うん」
消え入るような小さな声で答えて、うなずくとそのまま顔を上げられなくなってしまった。
なんだか恥ずかしくて、小西くんの顔を見れない。
「じゃ、行こ?」
小西くんにそう促されて、私はその半歩後ろをついていく。
その後は、緊張しすぎて、何を話したのかもよく覚えていない。
駅まで一緒に歩き、同じ電車に乗った。
先に最寄駅に着いた私は、頑張って隣の小西くんを見上げて、お礼を言う。
「今日は一緒にスマホを探してくれてありがとう」
すると、小西くんは、優しい笑みを浮かべて、私を見た。
「そんなの大したことじゃないよ。じゃ、またな」
そう言って小西くんは、軽く手を挙げる。
これ、もしかしてハイタッチ?
女子とはなんでもない時にもよくやる。
でも、男子とはやったことない。
私は恐る恐る右手を挙げると、
「バイバイ。また明日ね」
と、勇気のない私は、そのまま左右に振ってごまかした。
初めて小西くんの手に触れるチャンスだったのに、もう!
私は、自分で自分に腹を立てながら、電車を降りる。
振り返ると、駅員さんのアナウンスがあり、ドアがゆっくりと閉まった。
ガラスの向こうで、小西くんは、笑顔でこちらに手を振っている。
私も手を振り返すと、ガタンという音とともに、電車がゆっくりと動き始めた。
私は、小西くんが見えなくなるまで見送ってから、ホームを後にする。
こんなに小西くんと話したの、初めて。
今日は記念日ね。
私は、なんだかよく分からない記念日を勝手に作って、手帳に小さな赤いハートのシールを貼った。
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