拓人さんの「お仕事」についていく。その2。

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拓人さんの「お仕事」についていく。その2。

 今日のライブは、拓人さんのお仕事仲間、谷山慎二さんがうたう「ジャズナイト」。  谷山さんのうたう声は、とても落ち着いたテナーボイス。お客様も、彼のうたう声を楽しんでいるなっていうのがわかる。トークもユーモアを交えて、笑い声もあがる。  曲のタイトルがわからなくても、どこかで聴いたことのあるメロディラインの曲もあるから、聴いているのが楽しい。少なくとも、拓人さんという「プロフェッショナル」の同居人としては、こういった世界を知ることは、私のためにもなるのかも……しれない。  少し浅黒い肌に、黒いスーツに身を包んだ谷山さんは、拓人さんとは別の意味で「オトナの男性」「紳士」って感じがして、これまた素敵なのだ。  前半は、谷山さんワンマンライブで、拓人さんの出番は後半だ。 「今夜は、俺の仕事仲間で、悪友でもある…え?違う?少なくとも、俺はそう思っているけれどな」 客席からも笑いが起きる。カーテンの向こうから、鮮やかなチャイナ服を纏った拓人さんがやってきた。 「今夜のゲストは、藤宮タクト!」 谷山さんの紹介のあとに拍手が沸き起こる。拓人さん……タクトさんは、ゆっくりと客席に向かってお辞儀をする。 「こんばんは。藤宮タクトです」 黒いスーツの谷山さんと、チャイナ服の拓人さん。すごい対照的な装いだな。 「相変わらず、好きだねぇ、チャイナ服。私服もそっち系が多いよな、藤宮は」 「私には、スーツとか、しっくりこないからよ。タニさんも着てみればいいのに」 「まさか!俺が着たら、怪しい組織のニンゲンに見えると思うんだけれどなー」 「あ、確かに!」 ドッと笑いが起きる。互いを勝手知ったる相手ということもあり、トークも容赦ないな。  でも、いざ、うたうと、ふたりとも息がぴったり合った見事なハーモニー。長年、付き合いがあるというだけにあるなぁ。聴いていても、とても心地よく響いてくるの。耳にはもちろんなんだけれど、ココロに響いてくるというか……これ、わかってもらえるかな?  客席のみなさんも、かなりリラックスして聴いているのではないだろうか。なんとなく、それを「感じることができるようになった」のは、拓人さんと一緒に暮らしているからだろうとも思う。  今回の演奏は、ピアノオンリーで、ピアノ演奏を担当しているのが、これまたとても紳士な方…丸いメガネをかけて、長い髪を後ろで結わえている男性。谷山さんが紹介してくれた彼の名前は、ヒロさん。決して言葉を発することはないのだけれど、とても穏やかな表情で演奏している。 (なんか…不思議な人なんだよなぁ……) 実は、私は最初から、ヒロさんの存在がとても気になっていた。とても静かな人で、リハーサルの時から、声を聞いていない。その代わり、表情がとても豊かで、身振り手振りもとてもわかりやすく、楽しい。谷山さんや拓人さんたちとの意思疎通も難なく、こなしている。ヒロさんも「プロフェッショナル」なんだなって思った。  途中、ヒロさんのソロパートが入ったけれど、なんだか不思議な空気がライブハウスの中にあって……これもまた、とても心地よいピアノ演奏に、私はすっかり聞き入ってしまったのだった。  楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。  アンコールも含めて3時間のライブが終わる。お客様ひとりひとりにごあいさつをしてお見送り。最後のお客様をお見送りして、ドアを閉じると、21時30分を少し過ぎていた。 「おつかれさまでしたー」 「無事終了~!おつかれさま!」 ライブハウスのスタッフさんたちが声をかけてくれる。  私は、拓人さんの関係者ということで、スタッフさんだけが残ったライブハウス内の片隅に控えていた。 「よかった。無事に終わったよ。藤宮、来てくれてありがとうな」 「こちらこそ、呼んでくれてありがと。久しぶりに、タニさんとうたえて楽しかったわ」 常温のミネラルウォーターを飲んで、拓人さんが谷山さんと笑い合う。そのほかにも、雑談やらなにやら……私は何もできないままで、しばらく様子を見ているだけだ。  拓人さんのお仕事に今日一日、お付き合いさせてもらったけれど、今日だけでも色々な人に会えたなって思う。いろんな人がいて成り立っているお仕事なんだなと、改めて思った。 「あれ?ヒロさんは?」 気づけば、ヒロさんの姿がない。思わず私が声を出してしまったが、拓人さんと谷山さんは、私に向かってニコッと笑ってくれた。 「ああ、ヒロは先に帰ったよ」 「ヒロさんは、いつもそうなの。心配しないでいいのよ」 なんだか、それが「当然」のことのように話してくれる。ライブハウスのスタッフさんも、笑って頷いていた。 「このあと、軽く飲むか」 と、谷山さんが拓人さんに声をかけている。私服に着替えた拓人さんと谷山さんは、なにやらとても楽しそう。気心が知れているというのは、こういうことをいうのだろう。私には、それがなぜか、肌で感じるというか……わかるのだ。  なんとなく、ここにいるのが場違いのような気がしてきた。 「あの、拓人さん……私…」 と、声をかけると、くるっと振り向いた拓人さんは、 「まーた葉月さんの悪いところ、出たわねぇ。遠慮しないのよ。それに、今日は一日、付き合ってもらうって約束なんだから」 「だけど…」 お邪魔じゃないかな……私が下を向いて、言葉を探していると、ぽんっと頭に手が乗った。 「私が、あなたにいて欲しいの。タニさんは、あなたをないがしろにする人ではないわよ」 「……」 顔を上げると、谷山さんが頷いてくれた。 「藤宮の大事なカノジョをのけ者になんてしないさ。一緒に行こうぜ」 だ、だから…彼女じゃないって…と、言おうとしたけれど、ふと、昼間の三戸部さんの言葉を思い出した。自分を卑下するのはいいことではない、と。 (とはいうけれど……けれどぉぉ!) ああ、ジレンマ! 「あ~、楽しかった~」 結局、都内のマンションに戻ったのは午前2時近く。  タクシーで帰ってきたから、まだいいんだけれどね。  リビングのソファに座った拓人さんは、とてもゴキゲンだ。  お酒は嫌いじゃないっていう人だし、谷山さんもかなりお酒に強いらしく、ふたりは色々な話しをしながら楽しそうに飲んでいた。私はその横で、話しを聞いていたんだけれど、意外とこれが楽しくて。時々、私にも話しを振ってくれたり、私も恐る恐るだけれど、質問したり、お話ししたり…拓人さんが上手にエスコートしてくれたなぁって、感謝している。 「はい、お水です」 「ん、ありがと」 かなりの分量を飲んでいたなぁ、拓人さん。それでも、泥酔しているわけじゃないところがすごい。  両手でグラスを包み込むようにして持って、水を飲む姿が、ちょっとかわいい。 「葉月さん、今日はありがとうね」 「え?」 「私に付き合ってくれたこと、嬉しかった。それに、私のお仕事仲間や友人にも、あなたを紹介できたから嬉しい。まだまだ紹介した人がいるけれど、それはまた、そのうちに、ね」 少しだけ、とろん…とした表情の拓人さんは、私を見て、そう言った。ワインレッドの瞳が優しく私を見ている。  この先、拓人さんと一緒にいるのであれば、私も彼の仲間やお友達にも会うことも多くなってくるだろう。そのことを一番、理解しているのは彼自身なんだなぁ。その気持ちが、とても嬉しく、そしてありがたい。 「こちらこそ、大事なお仕事現場に連れて行ってもらって、ありがとうございます。自分の知らない世界でも、面白かったのは確かです」 「うふん。そう言ってもらえると嬉しい」 あ、これ、かなり酔っているな、やっぱり。  表情が、どことなく…えーっと、色っぽいんだよ、ね。ジェンダーレスな拓人さんらしい、どこか妖艶な雰囲気。こんな拓人さん、初めてだ。下手すりゃ、女性より色っぽいんじゃないかな、なんて。 「ほ、ほら、せめて顔を洗ってから、ちゃんとベッドで寝てください。今日は、スタジオとライブでかなり、喉も使っちゃっているんですから、ちゃんとケアして……」 「は~い…」 よろよろと立ち上がり、洗面所へ向かう彼を見送ってから、私も水を飲み干した。私としても、めずらしくちょっと…飲んだかな。 「…あ、冷蔵庫の中、なにかあるのかな」 ふと思い出す。私は、こっちのマンションにはあまり来ないから、冷蔵庫の中、把握していないんだよね。  立ち上がって、キッチンの冷蔵庫を開けてみると、牛乳パックに調味料の類が少し、そして野菜室には数種類の野菜。冷蔵庫の上には、シリアルの入った箱があるのも確認できた。 「……もしかして、フェイドラさん?」 フェイドラさん、マメな性格しているからなぁ。もしかしたら、出かける前にこっちに立ち寄って冷蔵庫の中を見ていったのかもしれない。  などと考えていたら、拓人さんが戻ってきた。 「葉月さんも休んでね~」 「はーい。こっちのこと、少しやってから寝ます。拓人さんは、ベッド使ってください」 「そうさせてもらうね~。おやすみなさ~い」 よれよれとベッドルームへ入って行ったのを確認。あ、意外と素直に行ってくれた。うん、大丈夫ね。私は、こっちのソファベッドを使えばいいんだから。  とりあえず、私も顔を洗って寝よう。  ……誰かが、遠くで音楽を奏でている。  ぼんやりとした光の中に輝く、白いグランドピアノ。  その前に座り、ゆったりとした音楽を奏でている人がいる。  とても心地よい音が聞こえてくる。  優しくて……あたたかい……  私のココロの中の「あるもの」に、優しく響いてくる。  ああ、気持ちいいなぁ……  ゆったりと聴いていられるの。  スマホのアラーム音が聞こえてくる。  ごそごそとあたりを手探りして、コツンと指に当たったそれを手にすると、あら、こんな時間。部屋の中は静かだ。  起き上がって、そっとベッドルームを覗いてみると、あれ?拓人さん、いない? 「たーくとさーん?」 おもわず声を出してみる。そのまま、洗面所のドアを開けて……次の瞬間、 「う、おわあああああっっ?!」 変な悲鳴を上げてしまった!  だって、だって……目の前にいたの、上半身、ハダカの拓人さんなんだもん!そりゃ、悲鳴、上げちゃいますって!  で、目を奪われる。  背中、肩、胸にかけて大きな傷がある!  え、傷跡?!なに、これ。  鏡に映っていた私に気づいたのか、拓人さんは振り向いて言った。 「あら、おはよ、葉月さん」 「っ!!!!???」 一瞬、動きが止まってしまった……いや、こんなの、マンガの世界だけだと思っていたから、自分がまさにその真っ只中にいるとは……ニンゲン、咄嗟のことには躊躇してしまうものだと……いやいやいやいや、そういうことじゃなくて!! 「ご、ごめんなさいっ!」 慌てて、ドアを思い切り閉じてしまった。  ちょっと待って!なんなの、この状況。いや、見た目はどうであれ、やっぱり相手は男性だし、一緒に暮らしているからには、こういったことは起きないとは限らないけれど、それてしても唐突過ぎる!  リビングに戻って、ソファに腰かけて、私は両手で顔を覆う。 「あ~……恥ずかしい…申し訳ない…」 自分が真っ赤になっているの、わかるもん。顔が熱い。 (でも、あの傷。なんだろう?かなり大きいよね?) そう、見間違いじゃない。確かに、彼の肌にはくっきりとした大きな傷跡があった。なんだろう、あれは…ちょっとやそっとでついたものじゃないよ、ね?  私が狼狽えている間に、拓人さんは着替えて来たらしく…ラフな私服でリビングに戻ってきた。 「あら?どしたの?」 「ど、どうしたのって…そういう問題じゃないでしょ!」 思いっきりツッコミ入れたくなる!もう、このあたり、ものすごくマイペースすぎて…ツッコミ入れたくなるっ!っていうか、すでにツッコんでいますが! 「そんなに怖い顔、しないのよ」 「え、あの……あのですね……いや、あの、私がいきなりドアを開けたのは…私が悪い……ごめんなさい。でも!」 「同じ屋根の下で暮らしているからには、こういうことはいつか起こることでしょ。それに、私はまったく、気にしていないんだけれど?」 「いや、ちょっと……」 「私は葉月さんだったら、まったく構わないってことよ」 ダメだ、一気に毒気、抜かれた。本当にマイペースな人。わかってはいたけれど、でも、ここまで来ると、本当に……もう!  立ち上がっていた私は、再び、ソファに座って、両手で顔を覆った。 「はああぁぁ……もう、拓人さん、本当にマイペースなんだから」 「ふふふ」 低く笑う声。ちらっと、指の間から向かいを見ると、ニコニコ笑顔の彼がいる。それから、昨夜の、とろんとした妖艶な表情を思い出し、再び私は、自分の顔が真っ赤になっていることを自覚した。  ああ、私自身が、この人のこと、きっと……きっと……  あんまり考えこんでも仕方ない。私が顔を上げると、彼はちょっとだけ、視線を天井に送ってから、すぐに私に向き直る。 「驚かせちゃったわね。この身体の傷」 「あ……」 そうだ、あの全身に渡るような傷。パッと見ただけだけれど、左胸から放射状に傷跡があって、それが肩から背中に這うような感じ。痛みはないのだろうか?それに、あんなに大きなものだと…一体、拓人さんの過去に、何があったのだろう。 「色々あってね、傷だけ残っちゃっているのよね。痛みはないんだけれど、消せないの」 「……」 「前にもちょっと、お話ししたけれど、私、もともとは、この外見ではなかったって言ったでしょ。で、ちょっと…訳があって、この世界……現世から離れている時についた傷なのよ」 「そう、なんだ」 だけど、拓人さんは、決して、自分自身のことを多くは話そうとはしてくれない。今までも、ずっと感じていたことだ。いつも、笑顔で穏やかに話しをそらしてしまう。私も、どこまで踏み込んでいいのか、とても悩んでいるのは確かだ。  でも、これからのことを考えれば……そして、なぜ、私を保護してくれているのかも含めて……やはり、聞きたい。聞いてもいいことだと思う。だけど、なぜか、それが言い出せない。勇気が出ないのだ。 「葉月さんには、そのうちにお話ししてあげる。必ず」 私のココロの中を察したように、拓人さんは言った。 「必ず、話すときが来るから。今は、その時ではないってこと」 メガネの向こうのワインレッドの瞳が優しく私を見ている。本当に私のことを大事に想ってくれているからこそ、なんだろうか。  本当にマイペースで、不思議な人だ。 「ふあぁ…まだ少し眠いかなぁ……」 こてん、と首を傾けて、小さく呟きながら、そのままぐるっと首の凝りをほぐすようにまわす。メガネを外して、目頭を軽く押さえている拓人さんを見てから、私は冷蔵庫の中にあった牛乳やらシリアルやらを取り出した。 「今日はオフですよね」 「うん、完全オフ。だから、慌てる必要はないんだけれどね~。どうしようかなって」 ガラスの器に、ざらざらッというシリアルの音。そのまま、ひとつの器を拓人さんの前に置いて、私も自分の分を手にする。牛乳パックはその間に。 「昨日のライブ……ヒロさんのピアノも、すごく素敵だったなぁ」 「ヒロさんの演奏、いいでしょう?私もタニさんも、彼の演奏、大好きなのよ」 ありがと、と言って、彼は牛乳をシリアルに少しずつかけて、ゆっくりとそれが馴染んでいくのをみつめながら、話しをしてくれる。 「彼は、もともと、とある音楽グループに所属している人なのよ」 「へえ!あのね、昨夜の夢で、誰かがピアノを弾いているのを……ぼんやり、見ていた気がする」 「あら。夢を見るくらい、印象的だったの?」 「うん。だって、ひとこともしゃべっていないでしょ、ヒロさん」 「そうね。彼はほとんどしゃべらないから」 牛乳を受け取り、私も自分のシリアルの器に注ぐ。シリアルに含まれている、乾燥したベリー系の甘い香り。白い牛乳に、淡い紅色が拡がっていく。 「また、ヒロさんの演奏する機会があれば聴いてみたいなぁ」 私が言うと、拓人さんは満足そうに頷いてくれた。 「そう思ってくれたなら、嬉しいわね」 ほとんどしゃべらない……というのは、どういうことなのかなとも思ってみたりもするけれど、でも、音楽業界にいる人だけじゃなくても、いろんな人がいるから、さして気にするところではないだろうなぁ。  さくさくと……ふたりで向かい合ったまま、シリアルを食べる。  このマンションの部屋にはテレビがない。  拓人さんいわく、わざとそうしているのだそうだ。  いつも、「音楽」「人工の音」に囲まれていることもあるし、耳を休ませると同時に、脳を休ませる、ココロを休ませる意味でも、大事なことなんだとか。  これ、なんとなくわかる気がする。  私も、ひとりで暮らしていた頃、本当の意味で疲れると、部屋の中を暗くして、テレビを消して、スマホのスイッチもPCのスイッチもすべてオフにして、じっとしていたことが何度もあった。遠くから聞こえる靴音、クルマの音や人の声などの街の音……さらに、雨や風の音も、聞こえてくるのを、じっと聞いていたこともあった。 「タニさんも、私も、ヒロさんと、ヒロさんが所属しているグループのみなさんには本当にお世話になっていてね。実は、まだ表立って話しは出来ないけれど、ヒロさんたちと一緒にライブをやろうかっていう話しも出ているの」 「え、ホントに?!」 「ええ。だけど、私やタニさんはフリーだから、まぁ、そのあたりはいいんだけれど、まぁ、オトナの事情ってのがあってね~。だから、慎重になっているのは確かなのよね」 「ああ、なるほど」 私にはわからない「ギョーカイ」のお仕事。いろんなことがあるんだろうな。  拓人さんや谷山さんは、特に所属している事務所やレコード会社というものがない。スタジオシンガーとして仕事をしていることも、理由のひとつらしい。いわゆる「フリーランス」だ。 「実現するといいね」 「ええ。楽しみにしていて。あ、シリアル、もうちょっと欲しいな~」 「はいはい」 拓人さん、見た目が細いからそうは思えないんだけれど、意外と分量、食べるんだよね。  最初の分量より少し減らした分を器に盛る。ありがと、と笑ってからそれを受け取り、スプーンでそれをちょっと押さえながら、話しを続ける。 「昨日の一日だけで、私の仕事がすべてわかったわけじゃないとは思うけれど、まぁ、ああいうところで、うたい手としての仕事をしているの。うたい手・藤宮タクトとして」 「うん」 「タニさんは、うたい手として同業者であり、友人でもあり、そして……言霊師としての私のことも知ってくれている。彼を通じての「仕事」も多いの」 「そうなんだ」 「彼のことは、信用していいわ。私が保証する」 「ふふ。昨日のトーク、容赦なかったですもんねぇ」 黒いスーツの谷山さんと、チャイナ服の拓人さん。見た目から、うたい方から、声質から正反対のふたりが、見事なハーモニーを奏でる……ホント、素敵なステージだった。  そのあとは、他愛もない話しをしながら、私たちはその日を、ゆっくりと過ごしたのだった。  拓人さんの仕事にお付き合いさせてもらって、私自身の中に、ずっと燻っていたことが、少しだけ、カタチになった気がする。もう少し考えないとならないけれど、でも、近いうちに「答え」を自分で出さないとならないだろうな。  この先、私が「言霊師」として、拓人さんのもとで修行する意味でも、大事なこと。  そして、自分を探す意味でも、大事なことだと思う。  フェイドラさんが、現世に戻ってきたのは、拓人さんのライブから2日後。  私が数日間の有休休暇を終える日のことだった。                       (続く)
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