狼のはらわた

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玉と玉が弾ける音が耳に痛かった。チンチンチンチン響くこの音は何年経ってもどうにも好きになれない。それにしても、なんだって俺はこんなむさ苦しい場所で玉にいたぶられて遊ぶのが好きなのか。玉の流れを追っていると目がチカチカして、脳ミソの真ん中辺りがたまらずスパークする。 頭痛。慢性的。しかも苛立ちは限界点をとっくに越えている。目の前を上から下へ流れて落ちる玉は、どれもこれもちっとも思うとおりの軌道を描かない。嫌気が差してきた。せっかくの休日。貴重な自由時間ってやつを、俺は明らかに無駄にしている。 「なんだこの店。ちっとも出やしねえ」 台の盤面に張り巡らされた透明ガラスを左手で叩いた。黒いスラックスに蝶ネクタイで襟元を飾り立てた店員が、凄まじい反射神経で振り向いて、野生動物さながらの鋭い目を光らせた。 「おかしな細工でもしてるんじゃねえか」 俺は台を指差してみせた。 店員は仏頂面をぶら下げて、俺が居座る台の辺りを睨んでいる。だがこの騒音だ。俺の言葉はあの店員にはなにも聞こえてなどいやしない。いや待て。それとも彼奴には俺の言った言葉がわかるのだろうか。そういえば、あの店員は、まるで読唇術に長けているかのように俺をチラチラ見つめながら、苦虫を噛み潰したように顔を険しくしている。ここに来る度にいつも思うのだが、あの店員だけはどうしても好きになれない。なんとも気に入らない野郎だ。だが俺は、いけすかない店員などよりも、そいつのすぐ側の台に陣取っている、黒いTシャツに赤い花柄のアロハシャツを羽織った若い男の様子が先ほどからずっと気になっていた。アロハシャツを羽織った若い男は台についていながらちっとも玉を打ち出そうとしていないばかりか、台の盤面を覆うガラスに額を押しつけながら目を閉じて、念仏でも唱えるようにブツブツと独り言している。どう見てもそいつの様子はまともじゃなかった。
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