非論理的帰結演算

3/5
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 地下にある鉄扉の一つを開け、白いLEDランプが冷たく点る、ほとんど人が訪れることのない記録保管庫に、ふたりはいる。  キャビネットの林の一番奥、部屋の隅にひっそりと、大きな身を隠すように置かれた鈍い鋼色の箱がひとつ。モルグにあるようなその引き出し式のロッカーの前で博士は立ち止まると、小さな鍵穴に古い鍵を入れてかちりと回し、取っ手を勢いよく引いた。  その台の上に、横を向いて転がっていた。  頭蓋骨が砕けた、死体。  ダニーは一瞬、息をのんだ。けれどすぐに、その息をふっと吐いた。  短く刈り揃えられた薄茶色のナイロンの髪が、頭皮を模したシリコンを覆っている。その頭皮は、後頭部で大きくめくれ上がっている。  そこから飛び出ているのは、銀色の薄いアルミニウムの膜や、ステンレスの殻や、ちぎれて伸びるスチールのバネや、ナット。  無機質な躯体を隠す兵装の上に、たった今死んだばかりのような顔がのっている。シリコンの皮膚は未だしっとりと湿り、半開きの目を覆う茶色の睫毛は柔らかく、その奥の眼球もきらきらと輝きを失ってはいない。けれどその目は――光感知センサは――すでに世界のどこにも焦点を合わせることはない。  博士は久しぶり、というように息を吐きながらタイプAの通り名を呼んだ。 「アルバート」 「シミュレーション中に壊れたんですか?」  博士は口を開かず、ただ小さく頷いた。  換気ダクトから漏れる微かな唸り声。ふたりの体温をエネルギー源にゆっくりと対流する、かび臭く、重く、冷たい空気。「死んでいる」アルバート。動かないふたりの男。  きっかり1分ほど経って、待ちきれずダニーは聞いた。「どうして?」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!