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博士は、たった今までダニーがそこにいたのを忘れていたかのように、はっと顔を上げた。
「ああ、君も知っているとおり、戦場での危険回避率を上げるために、タイプCには様々なパターンの『死』の場面を学習させた。アルバートにも、同じことを」
そしてまた博士は黙り、うつむいた。
「……じゃあ、Cとアルバートは、どこが違うんです?」
聞きながら、ダニーは自分がぶしつけなゴシップ記者になったような、居心地の悪い気分になった。事故や事件で家族を亡くした遺族に、今のお気持ちは、と聞く、あの輩。
ああそうか、まるで、とダニーは思った。まるで葬儀場だ。今、ここは。
博士が静かに弔辞を読み上げ始めた。
「違いは『怖れ』を学習させたかどうか、だよ。タイプCはそれを学習していない。もちろん、死に対して人が怖れを抱くことがある、という情報は知ってはいる。そう、知っているだけ。それを感じることはない。……レモンは酸っぱいと知っている。けれど味わったことはない。それと同じだ」
博士は一度息をついた。
「けれど、アルバートには、恐怖の感情も同時に学習させた。その方がさらに危険回避率が向上するだろう。そう思ってね」
「……死の恐怖」
ダニーは自分の口からこぼれたその言葉が、地下墓所の冷えた空気を震わせ、アルバートの音声認識チップをかすめ、キャビネットやロッカーの隙間に潜り込み、さわさわと音を立てて消えていくのを見た。
博士が続けた。
「アルバートは、レモンを食べ、それを味わい続けた」
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