コイバナはいきなりに

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 ボクはコマタロウ。好きな人がいる。  小雨のぱらつくある穏やかな昼下がりのことだった。近所のレンタル屋にDVDを返しに行った帰り道、歩いていると優しい彼女の声に呼び止められたんだ。 「あら、あなたはコマタロウ君」 「ボクのこと知ってるの?」  そっと赤い傘を刺して立つ彼女は、ボクの全然知らない人だった。ただ、可愛いなと思った。年頃の男の子らしくボクの心はドキドキした。  さっき見たDVDの恋愛シーンを思い出してしまう。ちょっと期待してしまう。 「ええ、うちの犬と同じ名前だもん。いい名前ね、コマタロウ」  いい名前と言われたのは初めてのことだった。それが素直に嬉しかった。  ただ、彼女の横に立って尻尾を振っている犬と同じ名前と言われたのはちょっと心外だった。 「あら、雨がやんだわ。行きましょうか」 「どこへ」  彼女の言葉に何気なく答えるボク。それが開始の合図だった。 「地獄にさあ!!」  傘を放り投げる彼女。それをキャッチする犬。 「あんたには消えてもらうッ!」  脅威的な瞬発力で一瞬のうちにボクの懐に潜り込んできた彼女はカミソリのように鋭く鉛のように重いアッパーでボクの顎を捉えていた。 「天へと昇り地へ落ちよ! 夜明けをいざなう昇龍の一撃! ライジングインパクトーーーーーッッ!!」 「ごっはああああああ!!」  激しい衝撃とともに竜巻に巻かれたように大空高くぶっ飛んでいくボク。 「ああ、柔らかいお空が綺麗だなあ」  暖かな日差しの戻ってきた雨上がりの空は優しく、まるで天国のような居心地をボクに与えてくれた。遠くに掛かっている虹も素晴らしく美しい。ただ一瞬の安らぎに満ちた空間。  そして、ボクは頭から路上へおっこちた。  ズシャァ!! ごろごろごろ・・・どがーん!!  それでも人はなんとか生きていける。 「うぐう、何故・・・」  ボクはなんとか生きていた。命は取り留めた。つかつかと彼女が歩み寄ってくる足音が聞こえる。ボクはなんとか顔を上げる。 「あなたはコマタロウでしょ!!」  ビシィ!! っと指を指されるボク、コマタロウ。 「この世にコマタロウは二人もいらないのよ! 改名しなさい!」 「わん!」  彼女は何故か怒っているようだった。  二人・・・じゃなくて一人と一匹に詰め寄られ、ボクは仕方なく 「はい・・・」  と答えたのだった。  それだけを言いたかったのだろうか、ボクじゃない犬のコマタロウから赤い傘を受け取って彼女が歩み去っていく。  普通に考えればおよそ正常と言える出会いでは無かったかもしれない。  それでも良い名前と言われたことが嬉しくて、ボクは彼女のことが気になっていた。  今のボクは相沢浩平として学校生活を送っている。これはもちろん偽名だ。本当のボクはコマタロウなんだから。  あれから気づいたことだが、彼女は同じクラスだったのだ。  名前はもねこさん。趣味は読書。あの時の印象からは信じられないぐらい控えめでおとなしい少女だ。友達はいないらしく昼休みはいつも一人でゲーム雑誌を読んでいる。 「わん!」  もちろん犬も一緒にいる。 「コマタロウうるさい」  もねこさんが声をかけると犬も静かになる。二人の仲は良さそうだ。  ボクもお近づきになりたいと思いつつもなかなかきっかけが掴めず困っていた。  そんなある時、ボクはこの学校で噂される、ある話を耳にした。 『伝説の木の下で告白したカップルは幸せになれるって』  なんて都合の良い伝説だろう。ボクは早速そのうまい話に飛びつこうと思ったが、結局もねこさんを誘い出すうまい口実が見つからず、素晴らしい計画は早くも頓挫して挫折して暗礁に乗り上げてしまった。  それでも、いつか呼び出せたらいいな。  そんな淡い期待を抱きつつ、日々は過ぎていったのだった。  そうだ。思い切って手紙でも出そうか。  そう思っていたある日のことだった。ボクの机に手紙が入っていた。いったい誰から? こっそり開けてみる。  それはとても丁寧な字で真摯に綴られたラブレターだった。気持ちがじんじん伝わってきた。そして、最後に伝説の木の下に来て欲しい。敬具。と書いてあった。  思わずもねこさんの方を振り向いたら、困ったように眉を潜めて左右に小さく掌を振られた。どうやら知らないらしい。ボクは長い間彼女のことを気にしている間に、何となくちょっとしたしぐさで彼女のことが分かるようになっていた。  いったい誰だろう。もねこさん以外からのラブレターなんていらないのに。  ボクはめんどくさかったけど、行くことにした。 「よう、来たな。コマタロウ!」 「あなたは番長!!」  伝説の木の立つうららかな中庭。そこで待っていたのはこわおもてのごつい男、番長だった。  彼の体から発せられるえもいわれぬ威圧的な雰囲気に周囲の空気も呑まれ、穏やかなはずの中庭も嵐吹きすさぶ荒野のように感じてしまう。  そんな圧倒的な存在感が今目の前にいる。ボクはおどおどと声をかける。 「あの・・・ボ、ボクに何の用でしょう。と言うかボクの名前・・・」 「お前のことなら何でも知ってるぜ。俺は番長だからな!」  凄みのある声で答える番長。ボクは身をすくませつつ小さくなるしかなかった。 「はあ、そうですか」 「番長だからな!!」 「二回も言わなくても知ってます」 「そうか、知っているか。なら、話は早い。俺と付き合え!」 「はあ?」  番長からの意外な言葉。それは妄想でも聞き間違いでもなくさらに綴られていく。 「お前が好きだ! 一生どこまでもついていくぜ!」  なんで? と思ったがとにかく断らないといけない。  ここは伝説の木のお膝元だ。はいと答えれば相思相愛になって結ばれてしまう。そんなのは嫌だ。ボクは夢中になって叫んだ。 「そんなこと言われても困ります! ボクには好きな人がいるんです!」 「なにい!」  番長の顔が憤怒に燃える。 「浩平君! 何やってるの?」  そこへ来たのはもねこさんだ。犬も一緒だ。彼女がなぜやってきたのか分からないが、とにかく助けを求める。 「助けてーーー! もねこさーーん!」  情けないけどなりふりを構ってはいられなかった。ボクは無我夢中になって叫んだ。 「お前かー。お前がコマタロウをたぶらかしたのかーー!」  番長の怒りがもねこさんに向かう。もねこさんは動じない。 「コマタロウはこいつよ! そいつは犬よ!」  犬と人間をそれぞれに指差して言うもねこさん。  その認識は間違っている。こんな時にボクのことを犬って。もねこさん酷い。  番長は聞いちゃいないようだった。 「許さん、この泥棒猫めーーー!」  彼女に向かって飛び掛かろうとする番長。いけない! もねこさんを助けなきゃ!  ボクは必死で番長を止めようと彼の足にしがみつくが、番長はボクの妨害などものともせずボクの体をひきづったまま突進していく。  そんな番長に向かってもねこさんは指を突きつけて、犬のコマタロウに檄を飛ばした。 「コマタロウ! ゴウ!! 愚かなる物に犬の裁きを! 気高き魂の爆発の衝動! ワイルドエクスプロードビッグバンッ!!!」  もねこさんの号令に従って鮮やかに舞い、技を繰り出す犬のコマタロウ。  華麗なあまりに華麗すぎる攻撃をくらって吹っ飛ぶ番長。巻き添えを食らうボク。伝説の木も巻き込んで地上で大爆発を起こした。 「伝説の木が倒れてしまった・・・これじゃ、せっかく流した伝説が、計画が・・・」  遠のきかけるボクの意識にもねこさんの声が切れ切れに届いた。よく聞こえなかったけど、その声に導かれるようにボクはなんとか意識を取り戻した。 「いてて・・・」 「大丈夫! コマタロウ!」  もねこさんのびっくりしたような声がした。 「え? コマタロウって」  もねこさんの目とボクの目が合った。もねこさんはしばらく驚いたように目を見開いていたが、やがて慌てて飛びのいて手をぶんぶん振った。 「あ・・・違うわ! あなたは犬! 犬なのーー! コマタロウはこっちで・・・」 「わん!」  焼け焦げた番長を足の下に引いたコマタロウが鳴く。ボクともねこさんは同時にそちらを振り向いた。犬のコマタロウの瞳は慈愛に満ちた瞳だった。 「わたしに卒業しろって言うのね。あなたを卒業しろって」  もねこさんは何かを悟ったようだった。 「いつまでもあなたに頼って伝説を待っているだけの意気地なしじゃいけないのね・・・」  そっと呟き、倒れた伝説の木に歩み寄る。 「ねえ、聞いてほしいことがあるの・・・」 「ボクも君に言いたいことがある」 「え・・・・・・」  彼女が振り返る。無言でボクを見る。  ボクの言葉を待っているのが分かった。先に言えと言っているのが彼女の目を見て分かった。  ボクは勇気を振り絞る。  伝説の木は無くなったけどコマタロウがいる。ボクじゃないもう一人のコマタロウがボク達を見守っている。  だから勇気を出して言える。 「ボク、コマタロウは君、もねこさんのことが好きです」 「コマタロウ君・・・嬉しい・・・!」  彼女の瞳から涙がこぼれた。  思えばこの時を、お互いにずっと待っていたのかもしれない。  ボクはそっと彼女を優しく抱き寄せた。  あれから数年の月日が過ぎ、今でもボク達は楽しい日々を過ごしている。  ボク達を結び合わせてくれたコマタロウは今では宇宙大王と呼ばれて、優しい日差しの中庭で静かに息を立てて寝転んでいる。
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