少女貴族と僕

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外に出ると、晴れた空とは裏腹に冷たい風が頬を切り裂く。この地域は放射冷却がひどく、晴れた分だけ冷え込む。さらに太平洋からやませが吹き抜けてくるので、実際の気温と反して体感の温度は非常に低かった。この前降り積もった雪は、道路の端まで追いやられていた、今はなすすべもなく溶けてしまっている。車が通る道にはほとんど雪はない。数日もすればまたふぶいて、この乾いた道も白く輝くのだろう。 僕はすぐ隣の洋館を目の前に足を止めた。  洋館と言ってもそれほど大きくはないが、一人で住むには持て余してしまう大きさだ。以前見かけたときは屋根に穴があいている状態だったが、今は修繕され、屋根や壁のペンキまで塗り替えられていた。そうなると今まで抱いていた古ぼけた洋館の印象はがらりと変わる。僕が目にしている洋館は、さながらイギリス貴族がお忍びで出かける別荘のようだった。  淡いピンクの屋根に白い壁。さすがに庭までは整備しきれていないのか煩雑だが、秋口には落ち葉しかなかったようなところだ。以前と比べたら格段に見栄えのいい様相となっており、見知らぬ世界を見ているようでどぎまぎした。  小さな柵を押し、中へ入る。扉にはライオンを模したドアノッカーがついていた。今時ドアノッカーなんて使う人いるのだろうかと首を捻るが、元々この洋館の扉についていたものなのかもしれない。その証拠に、古い洋館にはそぐわないインターホンが扉のすぐ横に設置されていた。  僕は迷わずインターホンを押し、返答を待った。  しばらくして、ぶつん、とノイズが入り、声が流れ出た。 『……はい』 「あの、隣の碧ばら荘の者です。ご挨拶に伺いました」  そう言えば、ぶつんとノイズが途切れる。随分かわいらしい声だったが、住人の子どもだったりするのだろうか。しかし話では確か一人暮らしと聞いていたが。  がちゃん、と鍵の開く音が聞こえる。重そうな扉がゆっくりと開かれていった。  扉の先には、人形のように美しい少女がいた。  腰まである金糸の髪は一本一本繊細で、丁寧に梳かれている。真っ白な肌は血色がよく、頬は桜色に染まっていた。唇もほんのりと赤い薔薇色でふっくらとしている。目は涼やかなミントブルーであるが、不思議な色彩を帯びていて、まるで珊瑚礁を連想させるのだった。服装もフリルをふんだんにあしらった白いドレスで、彼女だけ別の時代を生きているようだ。  僕より年齢が下なのか、身長も小さい。中学生くらいにも見える。小柄で華奢で愛らしい。こんな人形のような子がいたら僕の学校生活も楽しかったろうに。  とにかく、彼女の容姿は完璧だった。日本人の誰もが想像する、外国の美少女であった。天使の如き愛らしさに、思わずみとれてしまう。  彼女の、次の言葉を聞くまでは。 「あなた、臭いわ」
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