プロローグ「超常、ここに在りて」

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プロローグ「超常、ここに在りて」

 ソレらを一言で表すなら、鬼だ。  月が天上で冴えた光を放っている、真夜中。電気を使いこなす現代は、そんな時刻であっても静まる気配を見せない。  ――だが、誰も気に留めぬ影の中で、ソレらは這いずり回っていた。 「Rrrrrr」  月光にて照らせぬ夜の影では、ソレらはまるで闇に溶け込んだように輪郭が捉えられない。しかし、血を噴いたように真っ赤な瞳が、彼らの存在を確かなモノへと変えていた。  グチュグチュと肉塊が蠢く音をたてて、血の瞳が四方八方へと動き回り、今夜の獲物を探す。 「あ~、頭ン中くらくらする……。飲みすぎたかな~っとと」  今日は金曜日。金曜日と言えば、土日が休みな都会のサラリーマンが、仲間と飲み明かす日だ。1週間がんばった分、さぞ酒が進んだことだろう。  正常な生き物なら入りたがらぬ深淵。しかし残念なことに、酔っ払った中年のサラリーマンは、フラフラの体を引きずって路地裏に入り込んでしまった。 「Rr」 「Rrrr」 「……あ?」  あらゆる生命が避けて通る――鬼の蔓延る、逢魔ヶ刻(おうまがとき)に。 「Rrrrrr」 「ひゃあぁ! んだコイツらっ!」  流石の酔いどれサラリーマンでも、暗がりの中で見える赤い瞳に恐怖したのか、腰を抜かして尻もちをつく。だがもう全て遅い。ここはすでに鬼の領域……何人たりとも逃れることは叶わぬ、深淵だ。  ぐにゃり、とソレらは軟体動物のように体を捻じ曲げ、伸ばし、ゆっくり、ゆっくりと中年の男性へと迫る。必死に後ろへ下がろうとする男性だったが、すでに背中には壁が押し当てられていた。  彼はもう現実を見ていない。ソレの恐怖に呑まれた時点で、彼の目に映るのはただただ赤い瞳のみ。  憐れ、不運な男性の命は儚く散る―― 「そこまでよ、<悪鬼(あっき)>ども」  ――ことを彼女は許さなかった。  瞬間、炎。月光さえ遮る深淵に、”蒼い光”が飛び散った。同時に頭上から降ってきた人の姿を見て、男性は思わずと言った風に声を漏らす。 「キ、キレイ……だ」  蒼い炎を鏡のように反射する銀の髪。意思の強さを感じ取れる、切れ長の蒼い瞳。そして何より、明らかに本物だろう狐の耳と尻尾が、風になびいていた。  真っ白で無地の着物を着た美女は、左手を<悪鬼>と呼ばれた闇へと伸ばす。まるで魔法のように、手のひらから蒼い炎が吹き出した。 「Rrr……」  闇に溶け込み深淵と同化していた<悪鬼>は、蒼炎に照らされ白日のもとに姿を晒された。肉塊のように見えたのは偽りで、小さな鬼のような姿をしていた<悪鬼>は、蒼い炎に恐怖するように後ずさる。 「おーいっ!」 「……?」  と、見惚れていた中年男性の耳に入ってきたのは、別の誰かの声。若い……高校生ほどの少年の声が、またまた”頭上から”聞こえてくる。 「おーーーーい!」 「…………え?」  あれ、と不思議に思った。頭上の声が近づいているように聞こえるのは、気のせいだろうか。 (ここはビル群の間にある路地裏だ、そんなはずはないだろう……)  現実的に考えてありえない。そう思い直して上を見た瞬間、人影がまっすぐ落ちてくるのを男性は見てしまう。 「え、えちょおお!?」 「着地頼む! 蒼華(アオハ)!」  信じられない光景を見たと絶叫する男性。しかし、蒼華と呼ばれた美女が軽く5mは跳び上がって少年をキャッチし、音もなく地面へと着地する。 「……????」  目の前で起こっている現実に理解が追いつかない男性。これはヒーローショーかなにかだろうか。  美女にキャッチされた少年は、一言で言えばわんぱく感が抜けない男子高校生だ。髪を巷で流行りのツーブロで整えており、髪も瞳もどちらも普通の黒色。最近の男子らしく、身長は170後半ほどで程よい筋肉も見え隠れしている。 (あの学生服って、この近くの稲花(イガ)高校の制服だよな? え、なんで稲花校生が上から飛び降りてきたの? え??)  目を白黒させる男性を置いてけぼりに、少年を地面におろした美女は、少年へと呆れた表情を浮かべた。 「あのね。【風華(フウカ)】ぐらい使えるようになりなさいって、何度言わせれば気が済むのよ、陽斗(アキト)は。たかが簡易月光術でしょう?」 「いや、たかがとか言うけど、全然使い方が分かんないんだから仕方ないじゃん……」 「世話の焼けるマスターね」 「うるせいやい」  どうやら気が置けない間柄らしい少年と美女。会話の最後にふたりで小さく笑い合って、蒼い炎に怯える<悪鬼>へと視線を向けた。 「光に怯える<悪鬼>って、何だか可哀想だよね」 「笑えないわ。知ってるでしょ? <悪鬼>の害悪さは」 「言われなくとも耳にタコ出来るぐらい聞いてるよ……さて、やっちゃうか」  少年は冗談を切り上げると美女の肩に軽く手を乗せる。その表情は、先程までのおちゃらけた雰囲気は何処へ、と言わんばかりに真剣そのものだった。 「我が<月影(げつえい)>……その真名(まな)蒼炎華(ソウエンカ)よ。ここに紡がれし契約に(のっと)りて、この世乱す<悪鬼(あっき)>に天罰を――」  命令が下され、美女の周りに一段と大きい蒼炎が虚空から生まれる。その炎は彼女が頭上に掲げた両手へと収束していき、象られるは一振りの刀。 「――御意(ぎょい)に。(おぬ)が力、御汝(みまし)が月光にて、その闇を打ち祓いましょう……【野太刀・霖雨(リンウ)】。ここに創起(そうき)」  蒼炎によって創られし刀は、まるで霧のように朧げで、しかして確たる光を放つ。蒼き炎は灼熱を超えた炎。故に、この一振りに焼ききれぬモノなしと心得よ。 「さぁ覚悟なさい、<悪鬼>ども。……月光にその身を晒しなさいな」  <悪鬼>たちへと駆け出した美女の背中を見ながら、少年――坂三陽斗(サカミアキト)は思う。  このおかしな日々も蒼い炎から始まったのだったな、と。
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