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4話「初陣」
「では早速、初陣といきましょう。陽斗」
「あ、あぁ」
彼女……蒼炎華は<悪鬼>から俺を守るように立ち、油断なく構えをとった。<悪鬼>らしい闇が、彼女で隠れて見えなくなる。
「<悪鬼>を見ないように。貴方は貴方のすべきことをして頂戴」
「俺の、すべきこと……?」
そもそも何も知らない俺は、するべき事と言われても何も思い浮かばない。何か無いかと焦る俺に、蒼炎華は優しい声色で言った。
「ただこう命ずるだけでいい――」
彼女はこちらへ顔を向け、柔らかく笑む。
「――目の前の<悪鬼>に天罰を、とね」
「……ッ」
瞬間、俺が感じたのは線のようなナニか。契約を結んだ際に感じたのと同じ、俺から彼女へと送られていく力だ。
それを感じ取った瞬間、直感で俺は彼女へと言うべき言葉を理解する。
「我が<月影>……その真名、蒼炎華よ。ここに紡がれし契約に則りて、この世乱す<悪鬼>に天罰を――」
「――御意に」
頭によぎった言葉のままに命じれば、彼女の周りに蒼炎の嵐が吹き荒れた。
全てを焼き尽くさんと燃える蒼い炎は、しかし熱くも痛くもない。逆に、先ほどまで暴れていた心臓の鼓動が、徐々に落ち着いていく。どうやらこれは安心できる炎らしい。
「ぐ……ッ!」
「蒼炎華!?」
蒼い炎に見惚れていた俺は、蒼炎華が崩れ落ちることで我に返った。慌てて膝をついた彼女へ近づけば、胸を抑えて苦しげに顔を歪ませている。
「だ、大丈夫よ」
「全然大丈夫そうに見えないけど!?」
今<悪鬼>に襲われたらひとたまりもない。そう思って<悪鬼>の方を見た俺は、ソレらの変貌に驚く。深淵そのものだった<悪鬼>が、小さな鬼のような姿で怯えていたのだ。
「もしかして、この蒼い炎に怯えてるのか?」
俺にとって蒼炎は安心できるモノだが、どうやら<悪鬼>は違うらしい。蒼炎の灯りに照らされた<悪鬼>は、自らの本性を暴かれ怯むようだ。
いきなり襲いかかっては来ないらしい、と俺は安堵する。
「逃げよう、蒼炎華。その体じゃ……」
「<悪鬼>は人を喰らう。放っておくわけには、いかないのよッ……!」
フラフラの体で立ち上がろうとする蒼炎華だったが、途中で力が抜けてしまう。俺は咄嗟に動いて、彼女の体をを支えた。
「陽斗、そのまま支えていて」
「良いけど、どうするんだ?」
俺に体を預けながら、蒼炎華は右手を手前へと曲げた。彼女の周りで燃え続ける蒼炎が、右の手のひらに集まっていく。
「一撃で――仕留めるわ」
同時に、彼女の胸の傷が再び開いていくのが見えた。だが無力な俺はどうすることも出来ず、必死に彼女を支えるしかない。
「【蒼炎之弐・劫火】ッ!」
振るわれる右腕。右手から放たれた蒼炎は、まるで蛇のように大きな弧を描き、怯える<悪鬼>を問答無用に焼き尽くした。
「Rrr――――ッ!」
火を消そうと転がる小さな鬼たちは、やがて息絶えたように動かなくなり――体が光の粒となって空へと消えていく。幻想的な光景は、”死”というより”成仏”という言葉が似合った。
(とりあえず、ひと安心)
<悪鬼>が全て消滅し、安堵の息を溢す。重傷の身で助けてくれた蒼炎華に、俺はお礼の言葉を述べようと顔を向けて、血相を変えた。
「――――」
「おい、蒼炎華? 蒼炎華ッ!」
彼女は、気絶していた。体は鉛のように重く、狐の尻尾と耳が力無く垂れている。
暗がりで今まで分からなかったが、胸の傷が最初見たときよりも大きく、深くなっていた。ひとまず出血を抑えるために、俺は手で傷口を抑える。
「クソッ! どうすれば……!」
「耳元で、騒がさないで……よね」
「蒼炎華っ!」
テンパっていた俺の声で気がついたらしい。蒼炎華は真っ青な顔色で、俺を見上げると力無く笑う。大丈夫だよと、心配ないよと、そう語りかけるように。
「私は、<月影>。普通の、手当じゃ……傷は癒えない、わ」
「ならどうすれば良い!? 教えてくれ!」
騒がないでと言われたはずなのに、焦りで思わず俺は声を荒げてしまう。彼女は病的なまでに真っ白な手を、ゆっくりと俺の前に差し出した。
「手を、握って……感じるの。私と……貴方の、軌道を」
俺は無我夢中で彼女の手を握りしめ、ギュッと強く目を瞑る。
軌道とは何かを聞きたいが、そんな時間もない。ぶっつけ本番で感じ取るしか無いのだ。
焦りたい衝動を何とか抑えて、俺は自身の中へと意識を集中する。すぐさま、俺の感覚が何かを感じ取った。それは蒼炎華へと命ずるときに感じた、線のようなナニか。
直感で悟る、これが軌道だ。
「……!」
軌道は俺から蒼炎華へと繋がっていて、それから彼女の容態を知ることができた。胸部から腹部まで巨大な爪傷が広がっており、その傷からドス黒く得体のしれないナニかが彼女を蝕んでいる。
(これは……呪い?)
彼女の体は必死に蝕む呪いに抵抗しており、本当に僅かずつ完治へと向かっているようだった。
顔色を変える俺に、蒼炎華は軌道を感じ取れたと気づいたらしい。弱々しい声で、説明を続けた。
「感じたら、貴方の力を……私、に」
「俺の、力……」
力、と呼ばれるモノは恐らく軌道の発射地点のことだろう。ヘソ辺りに感じる軌道の発射点を、触れている彼女の傷口を通して流していく。
「んだ、これッ……!?」
彼女へと力を流し始めて、すぐに感じたのは悪寒。強い疲労感に襲われ、冷や汗が止まらず頭痛がし始める。……どうやら、この力は俺にとっても重要なモノらしかった。
とは言え、流すのを止められない。遠のき始めるの意識を必死に繋ぎ止め、彼女へと力を送り続ける――!
「なん、と……か……」
最後に、蒼炎華の顔色に赤みがさしたのを見て、俺は気を失った。
(ここ、は)
目を開く。いや、目を開くように意識が浮上する。視界に広がるのは、鬱蒼と広がる森。
(夢の中……なのか)
すぐにそう理解した。目の前で跪く人々の服装が、あまりに古かったからだ。着ている服装が小袖のようで、室町時代ぐらいの夢だと推測する。
と考えているうちに、俺の体は俺の意識に反して言葉を紡いだ。
「――――――」
「――ッ!」
(……ん?)
自分自身で吐いた言葉にも関わらず、何を言っているのか理解できず困惑する。更に言うなら、出ている声色も男ではなく……凛とした女性のモノだ。混乱する俺は、周囲で跪く彼らや、自身が彼らを見下ろす風景から一つの結論に達する。
(これは……誰かの視点から見てる夢ってことか?)
まるで体がコンクリートで固められたように動かず、視線すらマトモに操作出来ない中で、視界の端に映るモノを見て俺は確信する。それは青と白で彩られた高級感あふれる着物だ。もう少し視線の端に目を凝らせば、特徴的な銀の髪が見える。
ここまでわかれば、誰の視点なのかすぐに理解できた。
(蒼炎華視点の、夢ってことか)
今見ているのが彼女の視点だと理解すれば、不思議と彼らや彼女自身が放つ言葉が、全て理解出来るようになる。
「どうか、これからも<悪鬼>からワシらをお救いくだせぇ」
「お願い致します」
俺……いや、蒼炎華へと必死に頭を下げる彼らを見て、彼女は静かに顔を振った。
「私は<月影>。人と共に生きられる存在ではありません。私のようなモノは、<悪鬼>蔓延る逢魔ヶ刻にのみ、その存在を許されるのです」
蒼炎華の雰囲気が、あまりにも俺の知る彼女とはかけ離れていて、本当に蒼炎華なのかと思わず疑う。だが一度ハッキリと認識したからこそ、一片の偽りなくこの視点が彼女自身だと、否応なく理解できた。
「さぁ、どうぞお帰りください。じき夜が更けましょう。……太陽昇る刻、それは人が生きる時間なのですから」
(――――)
渋々といった表情でひとり、またひとりと彼らは家へ戻っていく。それを見送りながら、俺は強い感情を抱いた。胸が締め付けられるような、焦がすような、曖昧でじれったい感情を。
(……あっ)
自分が抱いた感情が一体何なのか、それを理解する前に、視界がぐにゃりと歪む。
どうやら、もうすぐこの夢は終わるらしい。
徐々に沈んでいく意識。それでも俺は、この胸をくすぶる感情を忘れないように、必死に抱え込んで――
「――――せない」
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