7話「【月光術】」

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7話「【月光術】」

「げっこう、じゅつ?」  聞き慣れない言葉に、上手く漢字変換できず首を傾げる。 「そう。<月光師>が操る術だから、【月光術】。分かりやすいよう説明したら、魔法……みたいなものかしら」 「え、使えるの? 魔法?」  魔法、なんてファンタジックな単語が出てしまえば、興奮してしまうのが男の性だろう。思わず前のめりに姿勢を傾ける俺に、蒼華は顔をしかめて人指す指を立てた。 「あくまで自分の身を自分で守れるように、簡易的なものを教えるだけよ。調子に乗って人前で使わないこと。出来なければ……わかってるわね?」 「ご、ごめん」  思わずワクワクしてしまった心を、深呼吸をして鎮める。蒼華が俺のことを心配して、わざわざ教えてくれるのだ。彼女を裏切るわけにはいかない。 「ん。わかってくれたようだし、始めましょうか」  蒼華は表情を緩めてその場から立ち上がると、俺の目の前に座り直した。机を挟んで見えていた彼女の顔が、至近距離に迫る。鼻孔をくすぐる、優しい匂いも相まって顔が熱くなるのを感じた。 「……? どうしたの?」  顔を覗き込んでくる蒼華。呑まれそうなほどの黒曜石を宿した瞳が、驚くほど長い睫毛が、艶やかな赤い唇が、鮮明に映って心臓が跳ね上がる。 「い、いや。何でもない。それで? 【月光術】ってのはどうやって使うんだ?」  このままだと頭がパンクしそうになり、俺は慌てて目を逸らして、話題を元に戻すために蒼華へ言葉をかけた。声が少し上擦ったのを、バレてないようにと祈りつつ。 「まぁいいわ。それじゃあ【月光術】の話だけれど……陽斗、貴方は今も光力を感じられるかしら?」  光力と言われて、思い出すのは昨日のこと。あの時は、俺と蒼華のパスから力の源を見つけた。だったら同じことをすれば、また感知することは出来るはずだ。  目を閉じて、意識を自身の内に集中させる。朧げに浮かび上がるのは、彼女と俺をつなぐ軌道(パス)。そこから力の発射地点を探れば……自身の奥に、爛々と輝く力を見つけた。 「うん、感知できた。これが、俺の光力なんだな」 「なら後は簡単ね」  摩訶不思議なパワーが自らの内にある……言葉に言い表せない興奮を覚えた俺は、しかし右手を蒼華に握られて、興奮が吹き飛んでしまう。彼女はそのまま俺の右手を開かせて、掌を上へと向けさせた。 「光力を少しだけ掬い上げるような感覚で、私が握っている右手に集中させて。そうして唱えるの――【己雷(ミライ)】、と」 「……わかった」  再び目をつむる。3度目ともなれば、すぐに光力を感じることが出来た。そこからほんの少しだけ、ひとつまみ程度の光力を掬い上げ、蒼華が握る右手へと移動させる。  瞬間、右手がグッと熱量を持ったのを感じ、いけると何故か確信した。 「――【己雷(ミライ)】」  唱えた瞬間、右手に感じる光力が変質する。光だったイメージが、雷のイメージへと変化し、右手を纏っていく。  ゆっくりと目を開けば、紫電が右手を覆い、パチパチとスパークを起こしていた。 「すごっ……」 「これが【己雷】。効果は……試してみたほうが早いわね。はいコレ」  超常的な現象が目の前で起こっていることに、何より自らが起こしていることに感動を覚える俺に、蒼華はリンゴを差し出す。近くのスーパーでも売っている、手のひらサイズの大きめなリンゴだ。 「それを握りつぶしてみなさい」 「……え?」  受け取った俺に、到底不可能なことを言い出す蒼華。どう考えても俺の細腕では無理だろう。 「ほら、早く」  だが構わず急かしてくる蒼華に、俺は試しにリンゴを強く握ってみた。  グシャッ!    エグイ音を出して、リンゴが爆発四散。 「…………は?」  現実に追いつけない俺は、自身の右手を見ながら、ゆっくりと握ったり開いたりしてみる。手のひらに残るのは、リンゴだったモノと果汁のみ。 「いや、いやいやいや。俺の握力、たかが40ぐらいだぞ? たしかリンゴを握りつぶすって、100キロぐらい必要じゃなかった?」 「それが【己雷】の効果よ。紫電を纏い、身体能力を強化する……簡易月光術」 「これが……簡易!?」  普通の男子高校生が、リンゴを握りつぶせるほどの身体能力を得る術。そんなものは、俺にとって殆ど魔法そのもので。だからこそ、【己雷】が簡易月光術……つまり術の中でも弱いことに絶句する。  蒼華の言葉通りなら、これは身体強化の術だ。俺の握力が40から100キロほどまで上がったことを考えて、恐らく素の2倍以上の力を得られる。もしこれを全身に掛けられれば、単純計算で全身の身体能力が2倍以上になる……ということだ。  細腕でココ最近は運動していなかった俺が、オリンピック選手と同じレベルの身体能力を得られる術。それが、簡易月光術のひとつ。 「月光術がこんなに凄いなら、<月光師>本人が<悪鬼>を倒せるんじゃ?」 「それは無いわ」  スッパリと俺の疑問を蒼華は両断する。あまりの即答で眉を顰めた俺に、彼女はクスリと笑う。 「そういえば陽斗は私の全力、見たことがなかったのよね」 「全力……?」  彼女の言葉に、昨日の蒼華は重傷を負っていたことを思い出す。確かに俺はまだ蒼華の全力を知らない。 「そんなに凄いのか?」  オリンピック選手と並ぶ術が簡易月光術なのだ、最上級の月光術ともなれば<月影>と肩を並べられるのでは無いだろうか。  中々納得がいかない俺に、蒼華は少しだけ悩む素振りをして、その場に立ち上がる。 「……他の【月光術】も覚えてもらうつもりだし。場所を変えましょう、陽斗」 「わかった」  俺は蒼華に続いて立ち上がり、自然と彼女の服装に目が移った。アイボリーのトップスに、キャメル色のワイドパンツ。特徴的な狐耳や尻尾もないし、髪や瞳の色も一般的な黒色。 (こう見ると、どこからどう見ても普通の女性だよなぁ)  まぁ、作り物のように美しいことを除けば、だが。  蒼華は俺の視線に気がついたのか、頭の上に疑問符を浮かび上がらせた。 「どうしたの?」 「あ、えっと……パッと見は人間だなぁって」 「――――」  しどろもどろになりながら答えた俺は、恐る恐る蒼華の表情を伺う。笑われるか、呆れられるかと思っていたのだが……以外にも、彼女の表情は驚き一色だった。  まさか驚かれるとは思わなかったので、俺も軽く驚いてしまう。 「……蒼華?」 「――え、えぇ。ごめんなさい。人間だ、なんて久方ぶりに言われたから」  彼女の言葉を俺は疑わずにはいられなかった。どこからどう見ても彼女は人間にしか見えない。唯一人間らしくない点があるとすれば、それは美しすぎるところだ。  彼女が溢した言葉に意味があるとするならば、それは――。 「無駄話をしたわね。それじゃあ行きましょう」 「え?」  結論に至りかけた俺の思考を遮ったのは、他の誰でもない、蒼華だった。玄関へと歩いていく後ろ姿を眺めながら、俺は一抹の不安を覚える。  だって、彼女の背中は、あまりに寂しそうだったから。
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