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松井小雪は初恋の女の子だ。
遠縁で幼馴染の小雪。
彼女は、子犬のように愛らしく、朗らかで活発な女の子だった。
村の小学校は、一年生から六年生まで全員合わせても十五人。
俺と同い年は、小雪と幹太の三人だけで他の学年も似たようなもんだった。
幹太も俺と同じように、小雪のことが好きだったと思う。
なんなら一つ下の悟も、一つ上の真也や和則だって。
六年生だった俺の兄の啓介もまた、小雪のことを気にかけていたに違いない。
聞いたことはなかったけれど、いつも俺のところに遊びに来るフリをしては、小雪にちょっかいをかけていた。
小雪もまた満更ではなさそうで「もう、啓介兄ちゃんったら」と甘えるようにして頬を赤らめていた。
小学三年生ながら、その表情は女の顔をしている気がして。
俺としては本当につまらなかったことを覚えている。
酷く辺鄙な村だった。
町までは、車で1時間も離れた山間にあって観光地でもない。
林業や農業で生業を立てている家ばかりが立ち並んでいた。
その中でも俺の家は、古くから村の中心にあってじいちゃんも父さんも村長をしていた。
若い頃、東京の大学に行っていた父さんは、そこで母さんと出逢い、結婚してから村に戻ってきたらしい。
昔の母さんの写真は、昭和のバブル絶頂期だった頃のギャルのせいか化粧は厚く、それでも楽しそうに笑っているものばかり。
幼い頃は、母さんが笑っている顔なんか見たことがなく。
偏屈な義理の父であるじいちゃんに気を使い、朝から晩までため息ばかりをついていた。
ことあるごとに、兄と俺には『こんな村からは、早く出た方がいい』と説く母さんに笑顔が少し戻ったのは、その年の冬のこと。
じいちゃんが亡くなったからだ。
この村の葬儀というものに俺が参列したのは、物心ついてから初めてのことだった。
ばあちゃんは俺が三歳、兄が六歳の時に亡くなった。兄はきっとそれを覚えていたのだ。
「行きたくない」
わがままを言わない兄が珍しく駄々をこねたのを覚えている。
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