2人が本棚に入れています
本棚に追加
「もう、変なこと言わないでよ」
私はそう言うと手渡されたビールを冷蔵庫の中に再びしまって「先にお風呂は入ってくる」と言い残し、自分の部屋へ早足で向かった。
部屋に入った瞬間、身体中の力が抜けていくのが分かって、私はフローリングの上に膝をついてそのまま横になった。壁には明日の結婚式に着ていくワンピースがハンガーに掛けられていて、明日ジュン君は本当に結婚するんだとしみじみと感じた。
母が変なことを言い出すから、私は閉まっておいた妙な感情が自分の心の奥底にまだうずくまっている事に気がついてしまった。母が言った様に確かにジュン君が私にプロポーズしてくれた日がある。
それは小学校4年生の夏休み、丁度夕焼け小焼けが鳴る夕方だった。
「ミカコちゃん、僕たち結婚しよう」
ジュン君のそんな言葉に子供だった私はすごく喜んだ。もう涙が出るくらい嬉しかったのを今でも鮮明に覚えている。
私が初めて持った将来の夢はジュン君のお嫁さんというものだったし、私の初恋の相手もジュン君だった。きっとそれは彼も同じだったに違いない。
私はゆっくり起き上がるとクローゼットの奥に閉まってあったキャンディーの空き缶を引っ張り出し、その中に丸めて入れられたA4サイズほどの紙をゆっくりと破れない様に皺を伸ばしながら床に広げた。
そこには平仮名で「けっこんとどけ」とジュン君の字で書かれたおままごとの婚姻届が姿を現した。
結婚届ってなんだよ、と笑いながらもちゃんと自分たちの名前と、何処かから持ってきたであろう自分たちの苗字の判子が押されていることに笑みが溢れる。
別に日本ではいとこ同士の結婚が禁止されているわけではない。でも私たちは共に大人になり成長を遂げたけど、一度だって女と男として過ごしたことはない。
どちらか一方の気持ちが少しでも強ければ私とジュン君は付き合ったりしたんだろうか。
私はなんとなく肌で彼とそういう関係になってはダメなんだと感じていた。それにジュン君の母親もうちの母親も、私たちがそんな関係になることは望んでいなかった様に思える。
きっとジュン君も幼い頃に母に言われた一言でその違和感を感じ取ったのだろう。
彼は中学校に入るとすぐに学校の女の子と仲良くし始めて、私とはほとんど遊んでくれなくなった。別に遊んで欲しいとか、構って欲しいとか強く願っていたわけではない。ただ言葉少なに離れていく二人の関係にひどく寂しくなって、悲しくなった。
最初のコメントを投稿しよう!