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結婚式の当日、私は泣いたせいで目がパンパンに腫れ上がっていた。
母はそんな私を見て「泣くならもっと早くに泣いておきなさいよ」と言って保冷剤を私の目に当てた。その言葉にまた泣きそうになったけど、私は歯を食いしばって我慢した。往生際が悪いかもしれないけど、まだ少しでもジュン君に綺麗だとか可愛いだとか思われたかった。
新調したチョコブラウンのワンピースに、伊勢丹で買ったハイヒールを武装して式に挑んだが、やっぱりその程度では花嫁の美しさには敵わなかった。
少しお腹が膨らんでいて、ピッタリとしたウェディングドレスではなかったけど、マユちゃんの花嫁姿は他の参列者の誰よりも綺麗で可愛くて、もうこれは私なんて瓶ビールの空き瓶並みに目が入らない存在だな、と苦笑した。
高砂に座るジュン君の顔は私の知らない男の人の顔になっていて、私はなんだかまた悲しくなった。そんな悲しみを晴らすようにグラスの中のビールを飲み干すとすかさず隣に座っていた親戚のおじさんが空いたグラスに新たなビールを注ぐ。
「いい飲みっぷりだねぇ」
「ありがとうございます」
ちっとも嬉しくなかったけど、私は笑ってそう返事した。
でも、幸せそうに笑うジュン君を見ていると私もなんだか少しだけ嬉しくなった。もちろん悲しくて、寂しくて、叫んでやりたい気分だったけど、彼の幸せそうな顔を見ていると小さかった頃の二人を思い出した。
「けっこんとどけ、ミカコちゃんが持ってて。絶対に無くさないでよ」
そう言ったジュン君の顔は真っ赤だった。
人の結婚式でこんな事を思い出すなんて花嫁に失礼だけど、心の中で思っているだけだからどうか許してほしい。
私とジュン君はただ幼い頃に入籍未遂をしただけなのだ。あれはただのおままごとに過ぎない出来事だった。
「ではここで新郎から一言頂戴します」
司会者の言葉にジュン君は高砂から降りてマイクの前に立った。ジュン君はぴんと背筋を伸ばして、立派に新郎の挨拶をして見せた。私がうずくまっている間に彼はちゃんと立ち上がって大人になっていたのだ。
式場を見回したジュン君の瞳を私はずっと追っていたけど、最後まで目が合うことはなかった。
そんなもんだ。
そう思いながら私は他の参列者と一緒に大きな拍手を送った。でもこれはジュン君に向けてした拍手ではない。この拍手は大人になれなかった私の初恋に向けて送る、最初で最後の拍手だった。
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