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二人の怯えた生きたがり
約束されたバッドエンドと言うやつだ。
町には死体が転がっていて、死に損ないのネオンサインがきらびやかに彼らを照らしている。
公園を死んだカップルに譲った僕たちは、人間だけを欠いた町を歩いていた。
「意外と、綺麗なままなのね」
生きたがりの少女の髪が、楽しげに夜のネオンを薙ぐ。
「ああ、そうだね。良い気味だよ」
数歩先を跳ね回る少女を眺めて、僕は応えた。
いつも通り町は雑多な光を灯して、ショーウィンドウでは着飾ったマネキンが並んでいる。
映画なんかでよくある、自棄を起こした暴徒の痕跡は見つからない。そこには静かな死が横たわっている。
「後は花畑でも広がれば最高なんだけどね。どうせなら世界の終わりは、美しくあってほしい」
じりっと脳裏を焼く不快感を堪えながら、僕はまた「へそ曲がり」を演じる。
少し離れたところを歩いていた生きたがりが、振り返って僕を見る。オーロラを映したような美しい瞳が、静かに潤んで揺れていた。
「おにーさん」
「ん?」
返事をしてから僕も止まる。生きたがりが近付いてくる。
「もう、「へそ曲がり」でなくても大丈夫よ」
それから、彼女はそっと僕の手を握った。
冷たい手はひどく震えていた。僕も彼女の手を握り返す。
「だったら君も、諦めないフリはしなくていい」
生きたがりの少女が首をかしげた。
それは疑問と言うよりは、悲しげな同意だった。
「おにーさんと話しているのは、生きたがりの女の子なのよ?」
「でも、君も怖かったんだろう?」
風が吹きはじめていた。
少女は頷く。それは呪いだったのかもしれない。でも、もう嘘には飽きていた。
「変わったって、本来の自分になったって。どうせ君は君だよ」
いつしか僕は少女の手を握り締めていた。
心臓に近いところで、綺麗な顔が僕を見上げていた。焦った胸の鼓動は聞かれたくなかった。後ろに体を引く。
少女の腕が、僕の背をそっと抱きすくめた。
「……怖いわ」
と、少女が呟いた。そのまま僕の胸に顔を押し当ててくる。
「だから、もう少しだけ、私といてくださる?」
「言ったろ」
もう鼓動を隠そうとはしなかった。凍えた両手で少女の小さな体を包んで、僕は言う。
「君が望むなら、この先もずっと」
きっと僕らに未来はない。それでも今日は最期だから。一瞬のように短い永遠を作りたかった。
見上げた先に、雪がちらつく。
夜の空に雲はない。代わりに美しいオーロラが棚引いている。
ふと、オーロラが降ってきているのだろう、なんて思った。
僕らは視線を交換して笑いあう。世界はもう、終わりつつあった。
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