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テロメアの尽きる日
生きたがりと別れた夜が明けた。
気が付けば滅亡まで一日を残すだけになっている。
自治体のスピーカーはもう鳴らない。もう職員が残っていないのだろう。
マンションから飛び降りた人間の爆ぜる音も、もう聞こえなくなっていた。
日付を確認する手段はスマホだけになって、それで僕は自分がまだ生きていることを実感する。
「あの、子は」
ずいぶん久しぶりに出した声が、焼け切れたように途絶える。
僕はもう彼女に会えない。会えばまた恋をしてしまう。どのみち世界が終わるのに、僕は幸せを感じてしまう。
幸せになればなるほど、死ぬのが怖くなる。どうせみんな死んでしまうのに。これ以上の幸福は、未練を生むだけの毒にしかならない。
その点において、生きたがりの少女は僕の甘味な猛毒だった。
「正解だったんだよ、別れて」
言い聞かせるように呟く声は掠れていた。
独り言を言うくらいには僕もまだ生きようとしているらしい。ただ本能とは別の場所で、臆病な理性が自殺をそそのかしてくる。
僕はそれに抗う気力を持たなかった。もう布団にくるまって、来ないかもしれない朝に怯えるのはうんざりだった。
僕は何も持たずに家を出た。
風の音が不気味な沈黙を成り立たせている。
時々、死体を踏み越えてドラッグストアに向かった。
ぐちゃぐちゃになった肉の破片や、焼け焦げた人型の炭。クスリの過剰摂取で痙攣する元人間。みんな、どこかで見たことある顔ばかり。
ドラッグストアで睡眠薬を手に入れた頃には、もう吐き気もなくなっていた。
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