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打ち寄せる波の音がさざめくように泣いている。
誰かに呼び出され、施設をこっそり抜けてきた。
なんとなく察しがついた。
「で、何の用? 俺も暇じゃないんだけど」
仲間の一人が無言で何かを投げる。
鈍い音を立てて、足元にそれは落下した。
何やら重い物のようだ。しゃがんで拾う。
暗くてよく見えないが、細い糸のようなものが手に張り付く。かなり長い。
そのまま手を下にやると、液体のようなものが手につく。
でこぼこしている球体。人の頭だ。
「それは君の大切な人のものだよ。少年」
「……え?」
首が落とされた体。体から離れた首。
目を閉じて、眠っている。目を覚まさない。
「まあ、つまりはそういうことですので」
周りよりひときわ高い声が聞こえたと思ったら、鈍い音と衝撃が頭に走った。膝をついて、声の主を探す。わらわらと人が集まり始める。
その手には角材や木刀など、それぞれ武器が握られていた。
「おいおい……いいのかよ。行っちまったぜ?」
「大丈夫だよ。今頃、慌てた顔して報告しに行ってるはずだから」
「慌てた顔? あんな無表情だったのに?」
「そんな心配しなくても平気だって。それとも何だ?
ここまで来て怖気づいたってのかい?」
「馬鹿言え。こんな状況、なかなかねえし?」
何かを振るう音、背中で嫌な音と感触が伝わる。
立ち上がることさえ、許されない。
「まあ、後はどうぞお好きに」
「てめっ……」
ようやく姿を捉えたと思えば、その場をさっさか後にする。
追いかけようと立ち上がる。今度は腹に痛みが走る。
蹴られたと分かるのは、足が引いたのを見てからだった。
「せいぜい楽しませてもらうぜ?
ていうか、本当に出るんだろうな! こんなんで!」
何かを振るう音、背中で嫌な音と感触。
「出る出る。もちのろんだよ。
君らが働いた分はきっちり、あの子が払ってくれる!」
そう言いながら、頭に足を乗せられ、靴底をこすりつけられる。
なぜ、こんなことになっている。
「はっはー……いい眺めだね。こりゃあ最高だ!」
この言葉を最後に、意識は途絶えた。
***
首を落とされたあの日。アレは誰?
人々に紛れて逃げた彼女はどこ?
赤が空を染める。アレは夕焼け? 本当に?
それじゃあ、手元にある赤は何?
とくとく、どくどく、赤く染まる。全てが染まる。全ては赤に終わる。
じゃあ、次に目を覚ましたら、空色は元に戻ってる? 空はきれいなまま?
赤色なんて、ない? きっと消えてる。
全てが、終わってる。だから、おやすみなさい。
***
彼が倒れたという話を聞いて、加賀はすぐに病室へ飛び込んだ。
夜中、施設からいなくなっていたのは知っている。
恐らく、自分の名を騙った誰かに呼び出されたのだろう。
それは前にもあったから、覚えている。
その犯人だって、自分の手で処分した。
それも世間に見せつけるような形で、だ。
もう誰もあんな真似はしないと思っていた。
「何があった……?」
呼び出しに乗った彼が全身にケガを負って帰って来た。
それは呼び出された相手に負けたということで納得できる。
しかし、誰とやったのかは見当もつかない。
そのような種類の職業に就く人間はかなりいる。
これに関しては後々、明らかになるだろう。
ただ気がかりなのは彼が女性の頭を抱えて、倒れていたことだ。
金髪の若い女性だった。首切り死体は浜辺に打ち捨てられていた。
昨晩、何者かによって殺害されたらしい。
なぜその人が被害にあったのか、どうして頭を落とされたのか。
無関係の人間を殺す理由は何なのか。
殺人犯と彼を呼び出した人物は同一なのか。
答えの出ない質問が頭からあふれ出てくる。
生首程度で恐怖を抱くような彼ではないはずだ。
「ああ、よかった! 来てくださったんですね!」
「話は聞いていますが」
「全身の骨が折れてて、かなりひどい状態なんですよ。
誰にやられたんでしょうかね、本当に」
「それで、あなたは?」
「あ、失礼しました!
私、医療班隊長の信濃と申します。
こうやってお会いするのは初めてですね」
見たことのない顔だ。
医療班の隊長が変わったという報告は受けていない。
独断で変更できるようにはしていない。
しかし、あまり気にしてもいられない。
彼の状況を知るのが先決だ。
信濃の話を中断し、病室へ急ぐ。
ベッドに座り、あらぬ方向を見ていた。
全身に包帯が巻かれ、状況を物語っていた。
「おい、大丈夫か?」
俺を見てきょとんと首をかしげた。
「誰かの頭を持っていたという話だったけど」
「……頭? 頭。忘れもしないよ。
結局、守れなかったんだから」
しゃがれ声でそう呟いて、ふいと顔をそらした。
心ここにあらずと言ったところだろうか。
「あの、ちょっといいですかね」
信濃が手招きしていた。
「こっちに運ばれた後、すごかったんですよ。
今は大分落ち着いてているんですけど……」
子どものように泣き叫び、大けがをしているにもかかわらず逃げ出そうとした。無理やり睡眠薬を打ち、個室に鍵をかけた。
叫んでいる内容も、何のことか分からなかった。
「まあ、あの体ですからね。しばらくどこにも行けないと思うんですけど。
様子を見たほうがいいかと思います」
「言われなくてもそうするつもりだ」
一晩のうちに何があったのだろうか。
病室へ戻っても反応がない。
「誰にやられた?」
「分からない。暗くて見えなかった。
とにかく、人はいっぱいいた」
ぼんやりとした喋り方だ。
同一人物とは思えない。
「ここは怖いね」
「え?」
「何もかもが変わっちゃってさ。
もう何も分からないんだ」
急に何を言っているのだろうか。
そうなることを分かった上で、私の元に来たのではなかったのか。
「もうこんな時間かあ。怒られちゃうね。
それじゃ、おやすみなさい」
ゆるみ切った笑みを見せ、瞼を閉じた。
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