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二年生になった僕らは、系列と音楽の授業で一緒にいる時間が増えていた。クラスは別になってしまったから、社会や体育などは別々だ。
なごみと会える時間が増えたのは嬉しいけど、その分、移動教室も増えたのが、僕にとってつらいことだった。それに、ほかのクラスの生徒ともグループワークで関わらないといけないから、居心地がいいとは言い切れない。
「奏汰、おまたせ」
同じ授業を受けるときは一緒に教室まで行こうと約束している。僕がなごみのクラスであるB組の教室前で待っていると、なごみは僕に手を振って教室から出てきた。
『大丈夫』と言おうと思ったけど、声にできなかった。周りにたくさんの生徒がいるからだとわかった。僕は悔しくて、うつむいた。そんな僕の気持ちに気づいたのか、なごみは優しく僕の手を握った。
「…大丈夫って言おうとしたんだよね。ほんと、奏汰は優しいね」
驚いて顔をあげた僕に、なごみは微笑んでいた。
「早く行こう。授業に遅れるよ」
なごみは、呆然としたままの僕の手を引いて歩き始めた。それで、僕も頷いて歩き始めた。
『優しいのは君のほうだよ』
僕はそう思った。
「女子みてぇ」
前のほうからそんな声が聞こえてきて、僕らは足を止めた。声のしたほうをみると、僕と同じクラスの男子数人が廊下に集まっていた。なにかと面白がって、僕にからんでくるのが彼らだ。
「なにが?」
となりからそんな声が聞こえて、僕の手を握っていた手が離れた。普段、ほかの生徒と話しているところをみたことのないなごみの声だった。
「お前らが、だよ。なに、女子みたいに手つないでんだよ」
「それか、恋人?」
「言えてる」
彼らは面白がって、口々に言っていた。僕は恥ずかしくて、またうつむいた。真っ暗な世界が近づいている気がした。
なごみは黙ったまま、手を強く握ってこぶしを震わせていた。僕らがなにも言い返さないのをいいことに、彼らは話し続けていた。
「伊藤ってさ、話さねぇのに加えて、遠藤がいないとなにもできねぇんじゃん。かっこわりぃ」
もう僕の心は真っ暗な世界に覆われていた。
もう、なにも聞こえない。もう、なにも見えない。
ふと、優しく光っているものを見つけた。それは、なごみとの筆談ノートだった。
しかし、それは一人の男子の手元にあった。
「かっこわるいといえば、こいつら、筆談なんかしてるらしいぞ」
「あははっ、うけんだけど。それこそ、女子みてぇだな」
その男子がノートを見せびらかすように上へあげると、それを見た彼らは笑い転げた。
優しく光っていたノートすらも、闇に染まり始めているように見えた。
でも、ノートは宙に浮いていた。驚いた僕が前を見ると、ノートを持っていた男子になごみが掴みかかっていた。
「ノート返せよっ!…女子みたいで、なにが悪い。話せなくて、なにが悪いっ!」
男子を倒して馬乗り状態になっていたなごみは、怒りをあらわにして叫んでいた。そして、ポケットからカッターを出して、振り上げていた。
「な、なごみ、だめだっ!!」
なごみがしようとしていることに気づいた僕は、とっさに叫んでいた。
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