0人が本棚に入れています
本棚に追加
あの日、なごみは男子生徒を傷つけてしまった。入院するほどのケガにはいたらなかったから、退学を免れたなごみはしばらくの停学が決まった。
あの日以来、僕はからかわれなくなった。でも、なごみがいなくて、とてもさみしい日々が続いている。
だから、図書委員なのもあり、図書室に行くことが増えていた。
「伊藤くん、おつかれさま」
図書委員の仕事でカウンターに座っていると、委員長の詩希先輩が図書室に入ってきた。
僕は、お辞儀で返事をした。先輩は僕が話せないことを知っているから、なにも聞いてこない。
「伊藤くん、さっき返却された本、戻してきてくれる?」
となりで作業をしていた阿部先生が僕のほうを見て言ってきた。僕は頷いて、カウンターに置きっぱなしになっていた本を手に取った。
僕がある本棚の前に行って、本を戻していると『音楽』という文字が目に入った。その本棚は進路関連の本が多くあって、僕が見つけたのは音楽療法士の本だった。
「その本、気になる?」
本を手に取って眺めていると、うしろには先輩がいた。
『友達を助けたいから、音楽でだれかを助けられるならって思って』
頷いた僕は、ポケットに入れていたメモ帳にペンで書いて先輩に見せた。
「それって、もしかして、遠藤くんのこと?」
『なごみのこと、知ってるんですか?』
先輩の口からなごみの名前が出てきたことに驚いた僕は、聞き返していた。
「もちろん。だって遠藤くんは、去年から図書室の常連さんだから」
『なごみ、図書室行ってたんだ』
「あれ、知らなかったの?遠藤くん、多読賞ももらってたよ」
『知らなかった。じゃあ、先輩もなごみの事情とかって知ってるんですか?』
「うん。…この前、男子生徒傷つけて、今は停学中…」
『なごみは悪くないです。僕が話せれば、あんなことにはならなかった』
僕は、あの日のことを思い出して苦しくなった。
そんな僕に、先輩は目線を合わせてしゃがんでいた。
「わかってる。それに、伊藤くんも悪くない。…遠藤くんが言ってたよ。伊藤くんは、ピアノで会話ができるって。それ聞いて、私もうらやましくなったな」
『なごみが?』
そう書いてから僕は、初めてなごみに会ったときのことを思い出していた。
『思い出しました。初めて会ったときに、僕にも言ってくれました』
「…うん。筆談だってあるし、遠藤くんとの会話でも大きな声が出たときがあったんでしょ?それなら、話せる日も近いんじゃない?少しずつ、自分に合う会話の方法を見つけていけば、居場所も増えるよ、きっと」
『ありがとうございます』
僕は笑顔を先輩にむけた。先輩も安心したように笑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!