会話の方法

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 あの日、なごみは男子生徒を傷つけてしまった。入院するほどのケガにはいたらなかったから、退学を免れたなごみはしばらくの停学が決まった。  あの日以来、僕はからかわれなくなった。でも、なごみがいなくて、とてもさみしい日々が続いている。  だから、図書委員なのもあり、図書室に行くことが増えていた。 「伊藤くん、おつかれさま」  図書委員の仕事でカウンターに座っていると、委員長の詩希(しき)先輩が図書室に入ってきた。  僕は、お辞儀で返事をした。先輩は僕が話せないことを知っているから、なにも聞いてこない。 「伊藤くん、さっき返却された本、戻してきてくれる?」  となりで作業をしていた阿部(あべ)先生が僕のほうを見て言ってきた。僕は頷いて、カウンターに置きっぱなしになっていた本を手に取った。  僕がある本棚の前に行って、本を戻していると『音楽』という文字が目に入った。その本棚は進路関連の本が多くあって、僕が見つけたのは音楽療法士の本だった。 「その本、気になる?」  本を手に取って眺めていると、うしろには先輩がいた。 『友達を助けたいから、音楽でだれかを助けられるならって思って』  頷いた僕は、ポケットに入れていたメモ帳にペンで書いて先輩に見せた。 「それって、もしかして、遠藤くんのこと?」 『なごみのこと、知ってるんですか?』  先輩の口からなごみの名前が出てきたことに驚いた僕は、聞き返していた。 「もちろん。だって遠藤くんは、去年から図書室の常連さんだから」 『なごみ、図書室行ってたんだ』 「あれ、知らなかったの?遠藤くん、多読賞ももらってたよ」 『知らなかった。じゃあ、先輩もなごみの事情とかって知ってるんですか?』 「うん。…この前、男子生徒傷つけて、今は停学中…」 『なごみは悪くないです。僕が話せれば、あんなことにはならなかった』  僕は、あの日のことを思い出して苦しくなった。  そんな僕に、先輩は目線を合わせてしゃがんでいた。 「わかってる。それに、伊藤くんも悪くない。…遠藤くんが言ってたよ。伊藤くんは、ピアノで会話ができるって。それ聞いて、私もうらやましくなったな」 『なごみが?』  そう書いてから僕は、初めてなごみに会ったときのことを思い出していた。 『思い出しました。初めて会ったときに、僕にも言ってくれました』 「…うん。筆談だってあるし、遠藤くんとの会話でも大きな声が出たときがあったんでしょ?それなら、話せる日も近いんじゃない?少しずつ、自分に合う会話の方法を見つけていけば、居場所も増えるよ、きっと」 『ありがとうございます』  僕は笑顔を先輩にむけた。先輩も安心したように笑っていた。
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