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真っ暗な世界から僕を救ってくれたのは、音楽と一人の少年だった。
彼と出会ったのは、一年生のときだ。
場面緘黙症の僕には学校で落ち着ける居場所はなく、話したいのに話せない僕の気持ちを理解してくれる人もいなかった。でも、僕のピアノの音に惹かれてきたという彼は、黙ったままの僕に笑顔をむけてこう言ったんだ。
「君って、ピアノで会話してるみたい」
彼のこの言葉に、僕は頷いたのを覚えている。
それから、僕と彼は音楽室や保健室でよく会うようになり、仲良くなっていた。緘黙症のことを理解してくれて、筆談や交換日記を通してお互いのことを教え合ったり、なにげない会話をしたりしていた。
「僕は、一年A組の遠藤なごみ。君は?」
『一年C組の伊藤奏汰』
「へぇ、C組かぁ。…じゃあさ、部活は?なにか入ってるの?」
『音楽部に入ってるんだ』
「それなら、ピアノがうまいのも納得。音楽部でピアノ弾いてるんでしょ?」
『まぁね』
僕となごみは、だれもいない音楽室や僕らの事情を知っている水野先生がいる保健室で会話をするのが日課になった。
初め、僕は少し怖くて彼を避けていたけれど、いつも彼は僕のそばにいた。そして、いつの間にか、彼のそばで安心し始めている僕がいた。
二年生からの進路を決めるころには、僕はなごみとだけは、小声だけど声で会話できるようになっていた。僕らは、いつものように音楽室にいた。
「ねぇ、なごみ」
「なに?奏汰」
「系列と選択科目、なににした?」
「僕は、人文系列と音楽にしたよ。奏汰は?」
「え、僕も人文系列と音楽だよ!」
嬉しくて、大きな声が出た。それに気づいてとっさに、僕は口に手を当てた。なごみも驚いた表情で僕のほうを見ていた。
「で、出たじゃん。大きな声」
「う、うん」
なごみは、自分のことのように嬉しそうに笑った。僕も嬉しかったけど、照れくさくなって小声に戻っていた。でも、彼と話していれば、緘黙症を克服できるかもしれないと感じて、自信がついた気がした。
「同じ系列だから、来年違うクラスでも教室で会えるね」
「うん。…でも、教室では、うまく話せないかもしれないよ」
「無理に話そうとしなくても、大丈夫だよ。筆談しよう。それに、会話はこことか保健室でもできるし」
「…うん。ありがとう」
なごみの優しさが伝わってくる。
「改めて、…奏汰、来年もよろしく」
「うん、よろしく!」
話すことが苦手な僕らは、さらに仲良くなっていった。
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