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鎧武者バーサス陰陽師
甲冑姿のVtuberがいた。甲冑の色はくすんだ赤で、身長はそこまでないようで、声は明らかに女のものだったけれど、リスナーは誰も性別には言及しなかった。
年齢不詳、性別不明、住所不定、自称無職という設定を崩さないようにみんなで遊んでいたのだ。
今度の日曜日に素顔を公開するとVtuberは言った。
僕は驚いた。Vtuberの中の人が出てきてしまっては、Vtuberをする意味がない。何より、みんなで徹底して触れずにいた年齢、性別、その他もろもろがうっすらと輪郭を持ってしまう。
心配する僕らをあざ笑うかのように日曜日は来たし、生放送は始まった。
「皆の者、息災であるか」
高くも低くもない声。
僕らは驚いた。そして安堵した。みんながコメントを送る。
「これは草」
「笑うに決まってる」
「よかった」
僕も同じようなコメントを送信した。
画面の向こうのその人は、くすんだ赤の甲冑を着込み、面頬で顔を完全に隠し……Vtuberだったときと全く同じ姿で立っていたのだ。
コスプレというやつか。
「甲冑作りに時間がかかってな。今までバーチャルで間に合わせておったのだ」
画面の向こう側で、鎧武者エックスさんが照れた様子で言う。
「これからはバーチャルと実写のニパターンでお送りするので、皆の者はそのつもりで」
告げる鎧武者さんに皆が拍手を送る。衣装を再現する熱意に感激したのだ。
それからの配信は凄かった。何が凄いって、陰陽師のコスプレをした人たちに追いかけられ、街中をパルクールで逃げる鎧武者エックスさんの動画がアップされたり、時には飛び交う御札を刀で切り捨て、そのまま画面の中へ飛び込み、Vtuber姿で逃げていく合成動画がアップされたりと、手が込んでいたのだ。
鎧武者エックスさんの人間離れした運動神経に僕らは魅了された。頑張れ頑張れ、と投げ銭をして応援したし、たくさんのコメントも送られて、ちょっとしたお祭り状態だ。
今日も鎧武者エックスさんの動画を観ようとパソコンを起ち上げる。生放送は既に始まっていた。
鎧武者さんが屋根の上を走っている。
流石に屋根の上を走るのは近所迷惑だろう。それに、許可を取っていないのか、驚いた様子で近所の人が鎧武者さんを指差しているのが見える。
再生回数欲しさに、ついにマナーを破ってしまったのか。僕はとても残念な気持ちに……なる直前で、あることに気がついた。
どうにも、見覚えがある景色なのだ。
鎧武者さんは屋根を走る。御札が鎧武者さん目がけて飛んでゆく。合成じゃない。合成ならば、今、リアルタイムで聞こえる騒ぎ声は何なのだ。
画面の中の鎧武者さんが、跳躍した。
バリン、ガシャン、とガラスが割れる音。
カメラに映り込む、僕の部屋。
「よ、鎧武者さん!」
「すまぬ、お邪魔する!」
屋根の上に立つ陰陽師のコスプレ集団。
それらが僕の部屋になだれ込んでくる。
のを。
鎧武者さんの一声が遮った。
「ハラギャーテイ!」
僕の部屋が光る壁に覆われる。陰陽師集団が壁に阻まれ、次々に撤退していく。カメラがバッテリー切れを起こし、プツリと配信が途切れた。
「……これは、一体?」
「拙者は鎧武者エックス」
「し、知ってます……Vtuberでしょう」
「正確に言えば、Vtuberのフリをしていた、が正しいが」
「フリ?」
「うむ。拙者、ガワはベトナム製、知能は中国製、戦闘機能は日本製の和風ロボットでござるよ」
「ややこしい!」
「通称、アジアの純真」
通じるのか、今の世代に。
「そしてあちらは、ガワは中国製、知能は日本製、戦闘機能がベトナム製の和風ロボット、陰陽シリーズだ」
なんで三カ国間で完結してるんですか、という僕の声は無視された。
「陰陽師バーサスゾンビという映画を撮るために作られたロボット集団だったが、コンピュータウィルスに侵され、暴走しておる」
今では陰陽師がゾンビ化していて訳が分からなくなっているのだという。そして鎧武者エックスさんは、暴走した陰陽シリーズを止めるために開発された、最新型なのだそうだ。
「じゃあ、今までそれを配信していたのって……僕らに危険を知らせるために?」
「いや、資金繰りが厳しくて」
「シビア……」
「エンタメ感覚で投げ銭してくれれば拙者の装備も充実し、世界を守れるという寸法よ」
「エンタメ感覚で世界を背負わないでください」
「課金要素満載」
「嫌だこんな課金要素」
「全ての陰陽シリーズを止めるまで戦いは続く。先生の次回作にご期待くだされ」
「陰陽シリーズは全部で何体いるんです」
「ざっと一万体でござるかな」
「いっ……」
「今まで止めたのは二千体」
「にせん……」
いきなりスケールが大きくなってきた。残り八千体の高機動ロボットたちと、リスナーの投げ銭で戦わなければならないのだという。
配信なんてしている場合じゃない。
というか映画のために一万体も作ったのか。
「そして一万体すべてコンピュータウィルスにやられ申した」
「セキュリティが脆弱じゃないですか!」
コントのようなやり取りをしている僕らがいる部屋に、忍び寄る陰陽師が一体。
バリアが消えているのを確認したそれは僕に向かって飛びかかってきたのだった。
「ブッセツ!」
鎧武者さんが吼える。
「マカハンニャハラ!」
鎧武者さんの手首から放たれるのは、電流をまとったクナイ。バヂリと爆ぜる音がした直後、陰陽シリーズは機能停止し、僕の部屋がある二階から下へ落ちていった。
「残り七千九百九十九体」
こうして、Vtuber、鎧武者エックスさんと僕の同居生活が、幕を開けるのだった。
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