8人が本棚に入れています
本棚に追加
「そろそろ起きて、苗田八重子さん」
目をぱちりと開ける。視界に飛び込んできたのは、七歳ぐらいの少年だ。
「おはよう、起きた?」
少年は人懐っこい笑顔で話しかけてきた。黒い髪に、青白い肌。底なしに黒い瞳。着ているものは黒いローブで、ファンタジーゲームに出てきそうな服装だ。なにより驚くのは、彼の体は浮いていたこと。
え? 誰? ってか、ここはどこ?!
「僕は死神だよ。苗田八重子さん。君は交通事故で死にました」
「私……死んだの?」
「うん。即死だったよ。痛みもなく逝けてよかったね」
よかったの、か?
突然すぎて、死んだ実感がまるでない。
でも、目の前には明らかに不審な少年がいるし、周りの風景は白しかない。
見渡す限り、白、白、白だ。真っ白なキャンバスの中に私と少年だけがいるみたい。ここが現実の世界とは思えなかった。
「……死んだの、私」
「死んだねえ」
あっけらかんと言われて、口の端がひきつった。
「ははっ……こんなにあっさり、死ぬんだ……」
「死ぬよ。君も経験あるでしょ? ある日、突然、お別れはやってくる」
ひゅっと息をのんだ。
次の瞬間、じわりと心の中に、高校のときにお別れした友達の顔が浮かんでいた。十五年以上経っているのに、意識すると、最後に見た彼女の姿が、今もありありと思い出せる。
棺で眠っていた白すぎる肌。白い花に埋もれていて、彼女の唇だけが妙に紅かったこと。
あの時の慟哭が込み上げてきて、奥歯を噛みしめた。全身を小刻みに震わせて、ふ、と力を抜く。
「そうね……」
冷えた声がでた。
「死んだ話はいいよ。それよりも、君に話しておきたいことがあるんだ」
少年の声に引き寄せられ、私は顔をあげた。彼は同情するわけでも、からかうわけでもなく、奇妙なぐらい落ち着いて、私を見ていた。
「僕は君の魂を天界に持っていかなくちゃいけないんだけど、君は突然死だったから、未練が残っているね。現世の人間に、話しかけるチャンスを三回あげる」
少年は指を三本立てた。
「現世の人間に、君の声が届くようになるんだ。まあ、君の姿は相手には見えないし、一方的に話しかけるだけだから、空耳だと思われるかもしれないけどね。相手にメッセージを届けると思ってくれればいいよ。やってみる?」
やってみるって……
「三回やりきったら、ごほうびに最期の晩餐を君に振る舞うよ。なんでも食べたいものを出してあげる」
食べたいもの?
「君が今、一番、食べたいものはなに?」
少年の声につられて、なぜか梅干しを思い出す。あの酸っぱさが口いっぱいによみがえって、生唾をごくりと飲んだ。
最初のコメントを投稿しよう!