明日がある君へ

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「そろそろ起きて、苗田(なえだ)八重子(やえこ)さん」  目をぱちりと開ける。視界に飛び込んできたのは、七歳ぐらいの少年だ。 「おはよう、起きた?」  少年は人懐っこい笑顔で話しかけてきた。黒い髪に、青白い肌。底なしに黒い瞳。着ているものは黒いローブで、ファンタジーゲームに出てきそうな服装だ。なにより驚くのは、彼の体は浮いていたこと。  え? 誰? ってか、ここはどこ?! 「僕は死神だよ。苗田(なえだ)八重子(やえこ)さん。君は交通事故で死にました」 「私……死んだの?」 「うん。即死だったよ。痛みもなく逝けてよかったね」  よかったの、か?  突然すぎて、死んだ実感がまるでない。  でも、目の前には明らかに不審な少年がいるし、周りの風景は白しかない。  見渡す限り、白、白、白だ。真っ白なキャンバスの中に私と少年だけがいるみたい。ここが現実の世界とは思えなかった。 「……死んだの、私」 「死んだねえ」  あっけらかんと言われて、口の端がひきつった。 「ははっ……こんなにあっさり、死ぬんだ……」 「死ぬよ。君も経験あるでしょ? ある日、突然、お別れはやってくる」  ひゅっと息をのんだ。  次の瞬間、じわりと心の中に、高校のときにお別れした友達の顔が浮かんでいた。十五年以上経っているのに、意識すると、最後に見た彼女の姿が、今もありありと思い出せる。  棺で眠っていた白すぎる肌。白い花に埋もれていて、彼女の唇だけが妙に(あか)かったこと。  あの時の慟哭が込み上げてきて、奥歯を噛みしめた。全身を小刻みに震わせて、ふ、と力を抜く。 「そうね……」  冷えた声がでた。 「死んだ話はいいよ。それよりも、君に話しておきたいことがあるんだ」  少年の声に引き寄せられ、私は顔をあげた。彼は同情するわけでも、からかうわけでもなく、奇妙なぐらい落ち着いて、私を見ていた。 「僕は君の魂を天界に持っていかなくちゃいけないんだけど、君は突然死だったから、未練が残っているね。現世の人間に、話しかけるチャンスを三回あげる」  少年は指を三本立てた。 「現世の人間に、君の声が届くようになるんだ。まあ、君の姿は相手には見えないし、一方的に話しかけるだけだから、空耳だと思われるかもしれないけどね。相手にメッセージを届けると思ってくれればいいよ。やってみる?」  やってみるって…… 「三回やりきったら、ごほうびに最期の晩餐を君に振る舞うよ。なんでも食べたいものを出してあげる」  食べたいもの? 「君が今、一番、食べたいものはなに?」  少年の声につられて、なぜか梅干しを思い出す。あの酸っぱさが口いっぱいによみがえって、生唾をごくりと飲んだ。
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