明日がある君へ

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 ママは、伯母だ。  私たちは本物の親子じゃない。  私は二歳のときに母親を病気で亡くして、伯母の家に預けられた。父は海外で仕事をしていたからだ。伯母は独身で、小料理屋を切り盛りしていた。 「え? ヤエちゃんのママって、おばさんなの?」  学生の頃は、家庭事情を同級生に話すと驚かれることが多かった。同情して、よそよそしくなる友達の顔をみるのがしんどくて、家族のことは隠した。親や兄弟の悪口を言う友達を、知らない世界の住人のように感じていた。  父は、高校に入る前に再婚した。 「八重子、こっちで暮らそう」  新しいお母さんを紹介されて、父にそう言われたけど、うん、とは言えなかった。  もう高校も決まっていたし……って、それは言い訳かな。  父しか知らない家族に囲まれて過ごすのが、私は怖かったのだ。 「八重子はあたしが面倒見る。あんたは、向こうで幸せになんな。だけど、父親なんだから、この子の養育費は面倒みなさい」  伯母が父に毅然と言ってくれて、日本に残ることができた。「ありがとう」と言った後の伯母の明るい笑顔が心にしみて、泣きそうだった。  高校時代には、伯母のことを隠さず話せる友人ができた。 「そっか。八重子はおばさんが好きなのね」  同情もなく言われて嬉しかったのを覚えている。彼女は持病のために、入退院を繰り返していたけど、明るい性格で、いつも笑顔だった。 「アタシ、学校が好き。学校に行くのが楽しいの。ヤエたちにも会えるしね!」  彼女といると元気がでて、私は大声で笑えた。  でも、彼女は高校二年生の夏にいなくなった。一年半しか、彼女と一緒にいられなかった。  彼女のお葬式に参列したけど、私は呆然とするばかりで、涙一粒、落とせなかった。  だって、棺に入った彼女はきれいで、寝ているようだったんだもの。死んだなんて、信じられなかった。  ――奈々、起きてよ。  って、言いそうになった。  家に戻ると、伯母が抱きしめてくれた。頭をなでてくれて、私の代わりに涙を流してくれた。 「やえ、やえ……悲しいときは我慢するじゃないよ。うんと泣きな……」  張りつめていたものが、心で弾けて、私は声を出して泣き叫んだ。  泣きつかれて、ぼーっとしていると、伯母がお茶漬けを作って持ってきてくれた。 「これなら、食べれるかい」  真っ赤な梅干しが乗った冷たいお茶漬けだ。私の好物。食欲がなくなる夏に、伯母がよく作ってくれたものだった。 「無理なら食べなくていいよ」  ゆるゆると首をふり、梅干しを箸で摘まんで、果肉を口に含む。 「すっぱい……」 「ははっ、あたしが漬けたやつだからね」  酸っぱさが心にしみて、私は泣きながら、梅干しを噛んだ。  高校を卒業したら、小料理屋の手伝いがしたくて、無理やり頼み込んで、伯母に雇ってもらった。 「ママ」  常連さんは伯母のことをママって呼んでいたから、私もお店ではママと呼んでいる。  お母さんって呼べない代わりに、ママって呼ぶのが、嬉しかった。  私の位牌を見て、泣くママに慟哭する。  私、ママを置いて逝ったんだ……  次から次へと涙がこぼれて、声がでた。   「ごめ、なさい……ごめん……なさい……ママ……」
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