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体が震えて、とまった。
彼は私を置いて、友達と歩いていってしまう。
彼の背中を見送りながら、私は泣かないように、必死で口を閉じた。
「声をかけないの?」
少年の問いかけに、首を横にふった。
「かけられない……」
「なんで?」
「だって、」
私は顔をくしゃくしゃにした。
「……何も言えないよ」
「どうして?」
「ヨシは私が死んだことも知らないんだよ。そんな人に、何を言えってのよ」
気持ちが荒んで、声が尖った。少年は私に近づいて、頭を撫でてくれる。
あー、もう。それはずるい。今、優しくされると、泣いてしまう。
鼻をすすって、どうにか頭を冷やした。
「私のことは忘れた方がいい。高校時代に親しい人を亡くすのは、きついから……」
私は時々、亡くなった友達の笑顔が脳裏を過ることがあった。
例えば、雨上がりの空を仰いだとき。夏に木陰を見つけたとき。粉雪が空から落ちてきたとき。何気ない日常の、ふとした瞬間に、彼女の笑顔を思い出してしまうのだ。
もう、会えないんだ。
って、考えると切なくて、立ち止まってしまう。
時と共に、声も思い出せなくなって、彼女を忘れてしまうことも多いけど、それでも。心のどこかで、彼女の笑顔が残っている。忘れられないのだ。
「……忘れてくれていい」
「そう……?」
少年は寂しそうな声をだす。
「彼にかける言葉は、本当にない?」
頷けばいいのに、私の頭は縦に、なかなか動かなかった。
少年は私の手をひいて、彼を追いかける。私は引きずられるように、彼の後をつけた。
家に帰った彼は一人で、作りおきの夕御飯を食べていた。兄弟もいないみたい。
午前、一時。
自室にいた彼はふと、パソコンを見た。起動して、バディ・バトルのトップ画面にアクセスする。じっと画面を見つめたあと、嘆息してウインドウを閉じてしまう。
もしかして、私のことを考えている?
と、思うのは自惚れかな……
彼の横顔は寂しそうで、つい声をかけたくなる。でも、なんて言うのよ。
私のことは、忘れていいからね。――なんて、重くて言えない。
彼は嘆息すると、ベッドに横になった。部屋のあかりが消えて、しばらくすると、寝息が聞こえてきた。
彼に、かける言葉はない。
だけど、伝えたいことはあって。
私は小さな声でメッセージを言った。
「覚えていてくれて、ありがとう。おやすみなさい」
言霊の泡が、彼の耳をかすめていった。
わずかに彼の眉根がひそまる。でも、その瞳が開くことはなかった。
これでいい。
彼に私という置き土産は、残せない。
彼は生きて、明日がくる。
明日がこない私とは違うのだ。
鼻をすんとすって、私は彼の前から消えた。
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