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ハッピーバースデー
「孝仁、お帽子被っていきなさい」
玄関で靴を履いているとママの声がした。僕は頭に両手を当てた。忘れてた。
「ほらほら」ママが被せてくれたキャップのひさしを、僕はくいっと下げた。
「パパは何時?」
パパはせったいというゴルフに行っている。
「夕方には帰って来るわ。遅くなっちゃダメよ」
今日はママの誕生日だ。みんなでお店に行く。パパや僕の誕生日や、嬉しい日には行く。
* * *
「ママ」
「たかひと起きたのか?」
「パパ……ママは?」
「うん、ママは、寝ちゃったのかもしれない。さっきまで、起きてたんだけどな。たかひと、おやすみ。パパが、起きててあげるから、心配しないで、おやすみ」
パパの手が頬っぺたを撫でた。
「眠っても、いいよ。おやすみ、たかひと……」
もう夜だろうか。いつの間に夜になったんだろう。真っ暗だ。
「パパ、体が動かない」
「あ……ちょっと、狭いからな」
そのときぴちょんと水が頬っぺたに落ちてきた。
「パパ、水が落ちてきた。雨かな」
頬っぺたをパパの手がなでた。
「たかひと、強く、やさしくなりなさい。ママみたいに……」
「パパ」返事がなかった。パパも寝てしまったのかも。
「パパ、おしっこしたい。動かない」
胸に乗るパパの手を揺すったけど、だらんとしてた。
「ママ! おしっこが出る!」
「おーい、誰かいるかー!」
「パパ、人が来た。ママ、誰か来たよ」
「子供の声がするんじゃないか?」
「おーい、大丈夫か? 返事しろ!」
「パパ、ママ、人が来たよ」
パパもママも起きない。
「はい」僕は返事をした。
「生きてるぞ! 子供だ!」
「頑張れよ! いま助けてやるからな!」
あ、今日はママの誕生日だ。大好きなオムライスとか食べる。パパとママにもらってお肉とかも食べる。
「ママ、パパ、誰かくるよ。起きて」
またぴちょんと水が落ちてきた。
─fin─
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