バス停

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バス停

 真っ暗な空から落ちる雨の雫が街灯のスポットライトの中で舞っている。私は小走りでバス停へと急いでいる。普段ならどんなに降水確率が低くても必ず傘を持って家を出るのに、今日は忙しくて忘れてしまった。もう少し退社時間が早ければ雨に遭わずに済んだはずだった。残業はいつものことだけど悔しかった。私と降水確率30%との賭けは圧倒的不利を覆して雨の勝ちだった。        バス停まで辿り着く。このバス停に屋根があった事なんて忘れていた。雨でも降らないとその存在すら忘れてしまうほどに粗末な作りなのだ。だいぶ老朽化はしているがなんとか雨は凌げる。ベンチに座り体についた雨の雫を払い落とす。まるで火の粉を払うかのように必死になっている自分に気が付く。 ……いつからこんなに雨が嫌いになったのだろう  私以外にバスを待つ人はいない。無感情な雨音に乗って、暗闇が心の隙間に滑り込んでくる。  歳を重ねるに連れて少しずつ全てが怖くなった。  現実にぶつかる度に、いびつにその形を変えてきた夢をガラゴロと転がして。社会や人と繋がるために上辺だけの体裁を繕って。がさつに積み重ねてきた経験をプライドにして、そうやって私はがむしゃらに頑張ってきたはずなのに。  心にぽっかりと穴が開いているような気がする。私が思い描いていた未来ってこんな姿だっただろうか。不幸なのかと問われたら即座に否定できる。だけど、幸せなのかと問われたら、即答できるかどうか自信がなかった。 「お客さん、乗るの、乗らないの」  バスの運転手がこちらを見ずに返答を待っている。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 「の、乗ります」  私が慌てて乗り込むと、迷惑そうにプシューと溜め息を吐いて、最終バスが発車する。窓の外はどこまでも闇だ、車内の薄明かりのせいで更に暗く見える。
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