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約束
一人、また一人と乗客は私を残してそれぞれの場所に降車していった。色々な人の過去を見ていく内に、このバスが普通でないことはもう明白だった。本当に過去に戻れるバスなら、なぜ私はこのバスに乗ってしまったのだろうか。
……私はどこに戻りたいんだろう
窓の外に目を向ける。相変わらずの暗闇にいまだ雨は降り続ける。窓にぶつかって不規則に形を変えていく雨の雫が、半透明の私の顔をゆがめて後ろへ飛ばされていく。
その時、窓の外を何かが横切った。
一瞬だけど暗闇にはっきりと浮かび上がったそれは、
空色の――
「あ!」
私はそれに見覚えがあった。
……そうだ、私
堰を切ったように隠れていた思い出が溢れてくる。子供の頃、私には雨の日にしか会えない友達がいたこと。その子は“コウタ”と名乗ったこと。
……コウちゃん
“また僕と遊んでくれる?”
“もちろん。わたし次の雨の日が楽しみなんだ”
……約束したのに
私はその約束を守らなかった。次の雨の日も、その次の雨の日も、公園には行かなかった。新しい服が汚れるのが嫌だった。そんな理由だけで。私は約束を破った後ろめたさから、彼のことを忘れようとした。そして本当に忘れてしまったんだ。その代わりに雨が嫌いになったんだ。
……私、コウちゃんに謝らなきゃいけないんだ
彼は雨の中から出ることができなかった。今の私だってそうだ。大切だと思える人やもの達が、自分の為だと信じて身につけてきた色々なことが、いつの間にか自分を縛る鎖になった。そうやって増やしてきた宝物は重く自分にのしかかった。今の自分を守ろうとして雨さえ牢獄に変わった。
ここから出なきゃいけない。コウちゃんはまだ、雨の中にいる。
私は願いを込めて停車ボタンを押した。
<次停まります。ご乗車ありがとうございました>
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