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楽屋へ入ってソファーに俺を座らせたところでヨルはようやく手を離した。
マネージャーに頼んだであろう封の切られていない風邪薬とペットボトルの水が机の上にある。
彼がそれを手に取り俺の目の前に置く。
この箱が空になってもきっと治らないと思うんだ。
そう言ってみたい気持ちが少しだけ過ったけれど心配そうな顔をしたヨルに言える訳はなかった。
それに差し出した彼の方だって同じくらい忙しいはずなのに何でもないみたいに仕事をこなしている。
ここ最近はドラマの撮影も。
コイツは本当にサイボーグか?
やっぱり俺も鍛えなきゃ駄目かな。
「さんきゅ」
言いながらソファーの背にもたれかかる。
身体がいつもの2倍くらい深く沈んだ気がした。
これから本番だと考えると頭が痛い。
顔を天井に向けて目を閉じていたがあまりに静かになった隣りが気になって目をやると、一言もしゃべらないままヨルがじっと俺を見ていた。
「後で飲む」と言うつもりが強引に薬を取り出してペットボトルのキャップまで開けて両手に持たされた。
自分は滅多に飲みたがらないし飲まないくせに。
大体自分の体の事はまるで顧みないくせに何だって人の事でそんな心配をするんだ。
人の事って言うか俺の事だけど。
ってこれは決してお惚気ではないのであしからず。
「これから本番だし、眠くなるとマズいから」
「それ眠くならないやつだから。そして半分は優しさでできてるから」
「何言ってんの?」
「知らない?有名なCM」
「あー、もう、はいはいはい」
有無を言わさない彼の強制行為に負けて重い身体を起こす。
カプセルを口に放り投げ水を飲むと、喉の奥を通っていく感覚が胸のあたりで消えた。
もう一度水を飲む。
これでいいかとヨルを見る。
まだ効きもしてないのに少しだけ安心したような顔をした彼が残った水を俺から持ち去るとキャップを閉めた。
「まだ時間あるから横になってなよ」
「ヨルは?寝れてんの?今ドラマの撮影中だろ」
「この状況で僕の心配する?」
「駄目か?」
「・・・・・」
「ヨルは俺の心配するのに、俺はしちゃ駄目なのか?」
「、、僕は、ほら、何処でも寝れる人だから」
何故か陰ったヨルの顔に触れようとしたのを遮られ、強引に寝かし付けられて布団代わりにかけられたのは彼のジャケットだった。
その後すぐに香水の香りがして、そういえばファンの間で魔性の香りだなんだって言われてたなと思い出した。
甘いものは滅多に食べない彼の方が俺より少し甘い匂いがする。
ああ。
こんなにも生きている事を感じる瞬間は他にないかもしれないと思うくらいに、まるで抱き締められてるみたく俺の周りがヨルだらけだ。
指先から頭まで心臓の音が響いている。
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