第七章 俺が欲しいのはお前だ

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** 穏やかに。けれども止まらず流れていく時間の中で、光と勝行は二人で三度目の大晦日を迎えた。 毎年「年越しまで起きていたいな」と言いながらも、零時を迎える前に寝落ちてしまう光は、「今年こそは!」と意気込み、一度昼寝をして夜起きる作戦を決行した。 「昼寝って。子どもかよ」 勝行は呆れていたけれど、そのプランに対して反対はしなかった。 サプライズでプレゼントしてもらった電動ベッドの上で寝転がって待っていると、勉強道具一式を持って部屋まで来てくれる。そして夏休みの入院中同様、ベッドの隅っこに座り込み、サイドテーブルで勉強し始めた。 当然、光は勝行の体温を抱き枕にして目を閉じる。 「起きたら今日はコーヒーじゃなくて年越しそばだな」 「ふうん……もうさ……今年は色んな事がありすぎて。頭パンクしそうだからやんねえ……旨い蕎麦だなって思いながら食う」 「ははは、言えてる」 そんな会話をしながら、あっという間に睡魔に引きずり込まれていく。うとうとしていたら、勝行が頭をゆるゆると撫でてくれた。 「光はこの体勢で寝るのが好きだね」 「ん……」 「新しいベッドの寝心地はどう」 「快適」 「それはよかった。前のシングルベッドは小さくて添い寝には向いてなかったし、俺のベッドはリクライニングしないから発作の時は困るだろう。だから自宅介護用の電動ダブルベッドを探してたんだ。でも取り寄せ品しかなくてさ。クリスマスには間に合わなかったけど、年内には届いてくれてよかった」 しれっと購入理由を語りながらも参考書から目を離さない勝行を一度だけ見上げた。それからなるべく邪魔しないように、ぎゅっとお腹を抱きしめる。 (添い寝のために買ってくれたのか……) クリスマスプレゼントなんて何も要らない。勝行さえいればいい。そう思っていたけれど、贈られた大物プレゼントの理由が優しさで溢れていて、また泣きそうになる。 これ以上勘違いして期待したくないのに、勝行の溺愛ぷりは相変わらず重くて甘ったるい。この男に本気で愛されたら、一体どんな風に甘やかされるのだろう。 (そのかわり好きになった女の子は、牢屋にでも閉じ込めそうだけどな) こんなに幸せな日々が何日も続くクリスマスなんて、もう二度とこないだろう。いつまでも余韻に浸っていたい気分だ。起きたら突然崩壊するかもしれない。ならばせめていい夢をみたい。 眠ると、目覚めた時に勝行がいなくなっているかも――。そんな不安は未だに拭えないけれど、暖かい抱き枕効果だろうか。光はすぐに寝息を立て始めた。 冬至も過ぎ、辺りが暗くなるのは本当に早い。 晩御飯の蕎麦を食べた後は、少量だけのおせち料理をこさえておいた。勝行と光が好きなものしか入っていない、完全オリジナルの専用おせちだ。重箱を持っていないので、小皿にそれぞれのおかずを入れてラップしていたら、風呂上がりの勝行が台所に来て「うあああ美味しそう、今食べたい」と感嘆を述べる。 「これは明日のだぞ」 「お酒飲みながらちょっとだけ食べたい。ちょっとだけ」 「ダメだ!」 こういう時だけ残念ダメ親父のようになる勝行にデコピンを食らわしつつ、どうせ欲しがるだろうと思ってあらかじめ作っておいた、今夜用の出し巻き卵を突き出した。 「これで我慢しろ。夜食になるだろ」 「え、わざわざ作ってくれたの? ありがとう」 満面の笑みで喜ぶ勝行に「酒は飲むなよ」と注意しておき、光もシャワーをさっと浴びた。髪を乾かしてもらおうとびしょ濡れのままでリビングに戻ったら、新しい寝巻を出して待っていた勝行に「せめてもう少し拭いておいでよ」と呆れられる。 「このパジャマ、触り心地気持ちいいよなー」 「そういうと思って買ったんだ。今日は新しい寝巻が許される日だろ? おそろいにしたくて、俺も着ておいた」 「あ、ほんとだ」 色違いのお揃い姿になっている勝行に、めいっぱい抱き着く。それから濡れた髪を乾かしてもらいながら、勝行の愛聴しているラジオから流れてくるニュースをぼんやり聴いていた。 「あとどんくらいでお正月?」 「三十分くらいかな。起きていられそう?」 「おう! まかせろ」 ラジオから除夜の鐘がうっすらと聞こえてくる。勝行はリビングに毛布や枕を持ち込み、冷えないようにと光をぐるぐる巻きにした。 「ちょ、簀巻きにすんなよ」 「どっちかっていうと、おにぎりっぽいけどね」 ふざけて笑い合いながら、時々互いを見つめ、時々唇を啄み合う。誰もいない二人だけの部屋でいれば、勝行はいつキスしても怒らなくなった。光は嬉しくなってソファの上に勝行を押し倒し、今度は捕食するかのようにその唇を何度も奪った。
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