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「熱中症になってしまいます……強制終了ですよ、光さん」
護衛の片岡にそう言われ、強引に中庭から引き剥がされた時、もう光の意識は半分薄れていた。
「見つからない……」
誰に伝えたかったわけでもない。その独り言は、勝手に口からついて出た。
「見つからないんだ……離せ……っ」
「微力ながら私にもお手伝いさせていただけるなら、明日あたりに善処します」
いつも黙って突っ立っているだけの男に突然反撃を食らった気分だ。光はふらつく頭を抱え、両手を額にかざした。悔しいけれど、この身体は本当に軟弱で、何一つ思い通りにならない。情けない気持ちが込みあがり、涙腺が緩む。
「何かとても大事なものをお探しですか」
「ああそうだよ……!」
「詳細を教えていただけましたら、私どもが代わりに」
「いい、いらないっ」
どうせバカにされるに決まっている。光は片岡の腕に抱きかかえられたまま、筋骨隆々の背中をこぶしで何度も殴った。しかし痛がるどころかどんな反抗にも微動だにしない。屈強な男だということを、こんなところで思い知らされる。
「勝行さんからの業務命令を遂行中ですので、申し訳ありませんが光さんをこれ以上野放しにすることはできません」
「勝行の命令……? あいつ、あんたに何言ったんだよ」
「光さんの体調が悪化しないよう、御守りするようにと」
「……」
そのままの恰好で病棟に戻るのが嫌で何度も抵抗したが、片岡の腕力にはどうしても叶わなかった。高校生にもなって、抱っこされていやだいやだと暴れ狂うなんて、ダサすぎるにもほどがある。
悔し紛れに彼のスーツの襟を引っ張りながら、「絶対勝行に言うなよ」と低音で呟いた。
「はい」
「てめえのスーツ、ぐちゃぐちゃにしてやる」
「……ええ。ハンカチ代わりにお使いください」
勝行は何も知らない。何も知らなくていい。
これは自分が勝手に決めて、勝手に始めた軽率な行動だ。片岡に手伝ってもらおうなんて思わない。
主に忠実な部下の手により病室に連行され、再び閉じ込められた光は、大きなため息をつきながら窓を開け、空を仰いだ。
オレンジ色に染まる空が、四つ葉を見つけて喜んでいたあの女の子の笑顔と泣き顔を思い出させる。そういえばあの子の父親はどうなっただろう。ふと考えた。
(俺も治せるもんなら病気治したいけど……そんなことより、愛されてもいい人間になりたい。俺のせいで不幸になったって、もう言われたくない……勝行にも、思われたくない)
幸せという目に見えない不確かなものを手に入れたい。願わくばそれを、誰にも頼らず、自分ひとりだけの力で。
それはとても我儘で、途方もなく難しいことだと分かっていても。「WINGSとして生きる」選択肢を手に取った自分に科せられた、試練なのだ。
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