……未来予想図

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** (俺ってそんなに需要ある?) 勝行の夢や未来への熱弁を聞けば聞くほど、疑問が湧く。嬉しいけれど、くすぐったくて——同時に「ほんとに俺でいいのか?」と不安になる。 (父さんは……俺が一人で生きられないから、自分の傍に居ろって言ってたけど。勝行は違う。俺がいないと生きられないって……。今一生懸命頑張ってること、叶えようとしてる夢、全部、俺が生きていないとダメ……ってことだよな) 父と母は無償の愛をくれたけれど、自分の生きる意味を教えてはくれなかった。今同じ場所に立って、一緒に生きようと言ってくれる勝行がいなかったら、きっと心折れて生き続けることすらできなかっただろう。 「おはよう」 今日も病院ベッドで目覚めたら、隣で微笑む彼がいる。 キスとハグをして、お互いに充電したら、今日も一日生きようと思える。今日と同じ明日が始まってほしくて、眠る時は祈るように目を閉じる。それでも理想の未来はまだ描けない。今日突然、この幸せを失ったらどうしようという不安がそのまま灰色になって眼前に広がるばかりだ。それは両親と一緒に仲良く暮らしていた当時から、何一つ変わらない。 全ての検査が終了したと告げられた後、診察に呼ばれた光は一人で心臓外科外来の診察室に向かった。 すっかり元気になったおかげで、予定通り退院できるし、思ったほど体調も悪くないことがわかってホッとする。とにかくストレスを溜めこまないことが一番だ、ピアノを弾いたり、外を散歩してたくさん気分転換しなさいと勧められる。光にしてみれば、願ったり叶ったりの診察結果だ。思わず「やった」と小さくガッツポーズをとる。 分析に時間のかかる検査については後日通院中に報告すると告げられた後、星野はもうひとつの宿題について切り出してきた。 「どうだい、将来何がしたいか考えてみた?」 「…………」 ただずっと勝行の傍に居たい、という選択肢は将来の夢ではない気がして、光は即答できずにいた。 「勝行くんと一緒に、大学進学するのかな」 「……それは、ない。金ないし」 「お義父さんと何か話し合ったの?」 「……」 ふるふると首を横に振り、勝行の父・修行との約束を思い出していた。高校進学の面倒は見てくれると言っていたが、大学の話までしていない。 「卒業したら……働く。早く稼いで、親父さんに恩返ししなきゃ」 今言えることは、それが精いっぱいだった。星野は眉尻を下げながら「そうか」とだけ返してくれた。 ぺたん、ぺたん。サンダルの音を立てて、誰もいない静かな廊下をひとり歩く。 (勝行にはあんなすごい未来の願望があるのに……なんで俺は、何も思いつかないんだろう) 「おかえり光。先生、なんて言ってた? 退院の日は確定かな」 自分の病室に戻ると、勉強中の勝行が笑顔で出迎えてくれた。 星野からの宿題がうまく回答できなかったこと、未来が想像つかないことを正直に勝行に伝えると、眉間に皺寄せ悩むように口元に手を当てる。それから「退院する前に、屋上で星を見よう」と唐突に提案してきた。 「一番星、探そうよ」 「東京の空でそんなの見えるのか?」 「見てみないとわからないだろ」 八月も後半戦に突入し、日の入りが徐々に早くなってきた。夕方もやんわり涼しくなってきて、気怠いほどの暑さは感じられない。今夜も快晴だ。 二人は夕食を済ませてから、看護師の目を盗んでこっそり屋上にあがった。 洗濯物など何も残っていない、がらんとしたむき出しコンクリートだけの地べたに寝転がる。背中にあたるそこはまだじんわり暖かい。頭上に浮かぶ天井は灰青色で覆われていた。 「意外と……見えるな?」 「そうだね、思った以上に」 「なんだよ、見えるってわかっててここに来たんじゃないの」 「見えたらいいなあって思って。あてずっぽうで来たよ」 なあんだ。光は独り言ちながら腕を夜空に掲げてみた。一番明るいと思った星をひとつ、ひとさし指と親指の間に作った輪に閉じ込める。 「光、未来は真っ暗で怖いって言ってたね」 「……ん」 「俺の未来も真っ暗だよ。でもこうやって、夜空みたいに見えるんだ。あちこちに可能性の星が散らばっていて、明日の俺はどの星の方角に進めばいいかなって考えながら歩いてる」 「夜空……」 「光の未来にも星がたくさんあるけど、手前が明るすぎてちょっと見えにくいだけなんだと思う」 「お昼か夕方ってこと?」 「そうそう。光は今がすごく楽しいって言ってくれたじゃないか。現在が充実してる人ほど、将来の展望は思いつかないって聞くよ」 勝行にごもっともらしい意見を述べられたら、まだ見えなくてもいいのかもしれない——などと、現金な気持ちになってくる。 「だからさ。お前が自分で思いつかないなら、俺が代わりに見て、話してあげるよ。俺と二人で生きる、光の未来予想図を」 この満天の星空のどこか片隅で、二人で懸命に生きる未来。 「だって、俺が思い描いてる未来には、必ず光が出演してるからさ」 「……あ。そっか」 「聞いてくれると、うれしいな」 寝ころんだまま二人で見つめ合い、くつくつと笑い合う。それから勝行は、沢山ある夢物語をいくつも並べて聴かせてくれた。それは歌のように、リズムよく軽快に。 あのスケジュール帳に書き留めていた、夢の続きをゆっくりと。
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