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(おかしい。やっぱりあいつ、なんか無理してる)
花火を観ながら何度もキスをしようと甘えても、応えてくれるそれはいつもと違う。啄むような優しいものばかりで物足りない。
いつもなら腰が砕けそうになるほどあちこちねちっこく吸い付いてくるし、スイッチが入れば強引に押し倒してくるほど、歯止めの効かない濃厚なキスをしてくる男だったのに。
どこか遠慮がちで、どこか他人行儀で——。
(せっかく旅行に来たのに……あいつ、楽しくないんだろうか)
『二人で旅行』という遊びを楽しみにきたはずが、まるで至れり尽くせりの接待を受けているだけのような気がして、光は一人悶々と考え込んでいた。考えすぎかもしれないが、和気あいあいと病院探検していた時の方がよっぽど楽しそうだった気がする。
(俺、なんか怒らせるようなこと……したのかな……)
それとも本当に、ただ喜ばせようと接待してくれているだけだろうか。だとしたら、そんなサービスはいらないから、もっと一緒に楽しもうと言いたい。
花火を鑑賞し終え、エアコンの効きが悪い部屋に戻ってきた二人は、むし暑さに耐えきれず「あっつー」と声をあげた。光は浴衣をだらしなくはだけさせ、いつでも上半身裸になれる状態で冷蔵庫内の冷水を飲み干す。それから「一緒に風呂入ろうぜ」と誘ってみたものの、露骨に目を逸らされた。汗だくになったし、暑いから早く浴衣を脱いでさっぱりしたいのに。勝行の様子はどこかおかしい。
「……だめなのか?」
本気で寂しくなって思わずしょげてしまう。すると勝行は「だ、だめじゃないけど……その……」と歯切れの悪い言葉を零しながら目を泳がせている。
「ここ来る時、病院のセンセーと片岡のおっさんに言われたンだよ。風呂入る時は一人で行くなって」
「そ、そうだね……」
「俺、温泉なんて入ったことねえし」
心臓に爆弾を抱える以上、湯治療養にも気を遣わねばならない。もし万が一発作でも起きたら大変だ。狭心症患者は入湯禁止の場所も沢山あってリスクが高い。そのことをまさか勝行が忘れているとは思わなかったのだが——。
勝行は何やら頬を赤らめ、そわそわ落ち着かない様子だ。
「……勝行? なんか変なんだけど、お前」
「い、いやっ……そんなことないよ」
もしかして熱でもあるのだろうか。ふと不安に思い、ぐいっと近づき顔を覗き込むも、勝行は逃げるようにすり抜け部屋をうろつき出した。
「えーっと……お風呂な。部屋専用のがあったはずなんだけど……あ、あった。確か露天風呂だったな」
露天風呂という言葉がピンとこなくて、光は首を傾げた。
勝行は見つけた脱衣所に入り込み、その奥の扉を開く。後ろからぺたぺたとくっついていくと、目の前には植え込みや木々に囲まれた中、たぽんと湯の溜まった浴槽が用意されていた。
「外!?」
光は驚いて窓越しに風呂場を覗き込んだ。そこはまるで、夏虫のオーケストラが聴けるプライベート用の森とプールとでも言えようか。小さいシャワールームぐらいしか知らなかった光にとって、野外の露天風呂はとんでもなくゴージャスな水遊び場にしか見えなかった。
「なにこれすげえ、やっぱ入ろう、今すぐ!」
「え、ちょっ」
これまでに一緒に風呂に入ったことなら何度もある。これだけ広ければ汗も流しつつ水遊びをしても怒られないし、ついでに勝行の背中ぐらいは流してあげられると思った光は、意気揚々と勝行の手を引き、脱衣所でがばっと浴衣と下着を脱ぎ捨てた。秒で全裸になった光の横でまだまごついている勝行の腰紐にも手をかける。
「なにやってんだ、はやくしろって」
「ちょ、脱がすな、こら!」
「他に誰もいねえのに、なに恥ずかしがってんだよ」
いい加減、いい子のふりして大人しく言うことを聞くことに疲れてきたところだった。まるで女の子のようにキャアキャアと嫌がる勝行の浴衣を強引に剥ぎ取り、最後のボクサーパンツに手をかける。おりゃっ、と一気にそれを引き下げようとしたものの……。
「う、わあああああっ」
「……あ?」
勝行の声は半分泣いていたかもしれない。けれど光の目の前には、大きくそそり立つ東京タワーのような……まるで選ばれし者を待っていた地に刺さりし伝説の剣のような……とんでもなく野太い男性器がひとつ。
ボクサーパンツに納まりきらないほど、パンパンに膨れ上がっていた。
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