第一章 四つ葉のクローバーを君に

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「……あれ?」 ふいに目の前のクローバーが他とは違う気がして、思わず地面に寝ころがった。盛り上がって閉じかけているハート型の葉が四枚、寄り添うように繋がっている。 「おい、四つ葉」 「えっ」 「あったぞ。これだろ?」 「あ、あった! あった、すごいー!」 光に場所を案内され、一本の四つ葉をそっと摘んだ少女は歓喜の声をあげながら母親の元に駆けて行った。ほどなくして母親がお辞儀しながらやってくる。 たいして頑張っていないが、気持ちいい達成感があった。 「一緒に探してくれてありがとう」 見れば母親は少し涙ぐんでいた。少女はもう我慢しきれないようで、「早くパパのとこにいこう!」と必死だ。訊いてはいけないような気がしつつも、光は思わず母親に声をかけてみた。 「なあ。クローバーの伝説って、信じてんの?」 馬鹿にしたつもりはなかった。遊びには到底見えない、母子の真剣さに戸惑っただけだ。 けれど母親はどこか寂し気な目を光に向けて、笑った。 「お医者様と神様にお願いするぐらいしか、できることがないから」 「……」 「クローバーはね、信じていれば幸せを呼び寄せてくれるの。少なくとも今日、あの子はクローバーのおかげでとても幸せになれたわ。君が一緒に探して、見つけてくれたから」 「俺?」 使い捨てマスクをひっかけ、病棟の寝巻姿だった光を見て母親は察したのだろうか。もう部屋に戻った方がいいよと言いながら五百円玉を一枚、空っぽの光の掌に押し付けた。 「娘に付き合ってくれてありがとう。そこの売店で何か好きなの買ってちょうだい。こんなお礼しかできなくてごめんね」 親子は何度も光に頭を下げ、嬉しそうに談笑しながら足早に消えていく。二人の背中を見送りながら、光は緑の生い茂る足元をもう一度見渡した。 (俺のおかげ……) 他愛のない言葉に小さな幸せを感じ、頬を緩める。 一円にもならないと思った奉仕が、五百円の対価を得て戻ってきた。額面よりも自分があの親子の力になれたことの方が嬉しい。 『……光』 愛しているよと言いながら、何度も優しいキスを落としてくれる親友の顔がふいに浮かんだ。 (そうだ。やっぱ俺も、四つ葉のクローバー欲しい) 五百円玉を胸ポケットに詰め込むと、光はもう一度地べたに膝をつき、クローバーの群れに手を延ばした。さっきはあの女の子のため、今度は自分にとって一番大事な――この先ずっと幸せでいてほしい人を守るために。幸せの種を見つけて、ポケットに入れて持ち帰りたい。そして「ありがとう」と言われてみたい。あの声で。 (さっきこのへんにあったんだ。もうちょっと探せばきっと) 光は眉間に皺寄せ両目を凝らしながら、懸命に野の葉を選定し続けた。気づけば何も見えなくなるほどの暗闇に飲まれてしまうまで。
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