第四章 カミングアウト

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** その幼馴染が連絡してきたのは、誕生日の翌日だった。 毎年欠かさずくれる「誕生日おめでとう」の定型文を述べた後、和泉リンは「ところで」と話題を変えてきた。 『最近、私の従兄がアメリカから帰国したんだけどさ。光くん家の近くに住んでるみたいで』 「アメリカ……?」 嫌な予感がして、光は思わず隣に立つ勝行を振り返った。二人はついぞ先日、アメリカからやってきた馴れ馴れしい男を知っている。彼はプロデューサー・置鮎保の恋人だと名乗り、現在無一文で彼の自宅や職場に転がり込んでいた。いわゆる《ヒモ男》だ。 『ムラカミハルキっていうの。作家さんみたいな名前』 「……村上……うそだろ……あいつ、お前の兄貴なの」 『やっぱ知ってる? 昨日電話で、光くんによく似た特徴のバンド少年に会ったって言ってたから気になってさ』 「昨日から俺らの学校に来てるけど……教師として……」 『うっそ、マジで!」 電話口でわあわあと騒ぎながら、リンはしきりに「ハルキ」の名を連呼する。向こうではリンの周りに沢山友だちがいるようで、金切り声のような雑音がスピーカー越しに光の脳を直撃する。その騒ぎ声を聞いた勝行も察したらしい。隣で外靴に履き替えながら小声で尋ねた。 「村上先生……和泉さんのお兄さんなの? 姓字違うけど」 「えっと……いとこ?」 「ああ、なるほど」 「イマニシヒカルくん、アウトぅ。校内は携帯電話使用禁止ですよ」 ふざけた暑苦しいノリテンションの声が二人の後ろから聴こえてくる。直後、光の肩をがしっと掴み、遠慮なしに腕を絡ませてくる大柄な教師が一人。 「うっせえな、もう下校すんだし下駄箱なんだしいいだろ別にっ」 「反抗的だねえ。その髪の毛も服装もピアスも派手、光くんって不良なの? 今どき流行らないよ」 馴れ馴れしく密着し、光のピアスに息を吹きかけてくる。その顔にスマホを押し付け、光は逃げるように言い放った。 「むしろこれは、アンタ宛の電話だ!」 「……えー?」 訝しげにスマホを眺めながら、高校教師――村上晴樹は、光の肩に腕を絡めたまま電話に出る。すぐに妹だとわかったらしく、そのままの姿勢で「なんだリンかぁ」と雑談を始める。しかし隣で様子を黙って見ている勝行の視線は酷く恐ろしいものだった。 相手は教師だし、校則違反をしていたことには違いないので悔し気に大人しくしているが、何かひとつでも晴樹側の過失を見つけ次第、直接首でも絞めて倒してしまいそうな雰囲気だ。学校で騒ぎを起こすわけにはいかない。光はなんとか晴樹の腕から自力で脱出し、勝行の後ろに引き下がった。 かばんを持たない彼の左拳は不自然なほどに血管が浮き出し、小刻みに震えていた。それでも、光の身体を強く抱き寄せてくる。 (大丈夫だから、キレんな) その手を両手で包み込み、必死に念を送る。勝行の内側にくすぶる黒の存在を抑え込む方法は全くわからない。二学期が始まり村上晴樹に出会ってから、勝行の様子はあからさまにおかしくなった。というよりは、光に手を出す輩が一人でもいれば、元からこんな感じだったのかもしれない。今まで気づかなかっただけで本当は――。 「はいスマホ、返すね。今どきの子はこんな高そうなアイテム、普通に学校持ってくるんだなーすごいな。あ、なるべく学校の外で通話どーぞ」 「……」 「あと、リンと友だちだったんだね。世間は狭いなぁ」 晴樹はへらっと笑いながら光のスマホを勝行に手渡し、「通話は切ってないよー」と何事もなかったかのように去っていく。 「……何しに来たんだ、全く」 ドブに吐き捨てるような声で苦言を零す勝行は、手渡された光のスマホをハンカチで執拗に拭き、繋がったままの通話に出た。 「ごめん和泉さん、今まだ校舎内で。……うん、そう。外に出たらかけ直すよ……ああ、もういいの? 用事終わったんだ。そう、じゃあ、また今度」 光の意見は一切聞かずにピッと通話を遮断し、スマホを自分のかばんの外ポケットに突っ込むと、勝行は振り返ってにっこり微笑んだ。 「お待たせ。帰ろうか」 何事もなかったかのように振る舞うその姿は、さっきまでと違っていつも通りの優しいものだった。
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