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「姫、なにあれ凄くね?」
校舎内の廊下を一人で歩いていたら、クラスメイト数人に呼び止められた。その呼び方、まだなくならないのか……とため息をつきつつ、勝行は「何のこと?」と笑顔で振り返る。
「やっぱお前らって芸能人だったんだなあ」
「今西戻ってくるなり、撮影だのインタビューだのって。俺んとこにもなんかカメラきてびっくりだわ」
「ああ……ごめん、騒がしくて……」
突然やってきた撮影クルーが学校内で勝行と光を密着取材し始め、何事かとクラス中が困惑していた。一応ホームルームで担任から事前説明はあったものの、いざ本格的に撮影が始まると、カメラが気になってみんな落ち着かない様子。そのくせ、三年生は自由登校期間になったというのにやたら出席率が高い。
撮られている当の本人――今西光を除いて。
「迷惑って意味じゃないから、謝らなくても」
「それにしても今西はホントに化け物だな。俺らと同じ高校生に見えないんだけど」
「同じ服着てるのにあそこだけ世界が違う」
「撮られ慣れてるんだろなあ、あんなの。なんかうまく言えねえけど、色気が半端ない」
勝行は思わず苦笑した。光はいつもどおりでいいと言われて、何一つ変わらない日常を過ごしているだけなのに、クラスメイトには全く違うように感じられるらしい。
居眠りから目覚め、寝起きの愛想悪い顔で近くにあるカメラを見つけては「何だこれ」と寝ぼけたことを呟く。それからふいと目を逸らし、何事もなかったかのように自分の世界に没頭する。鼻歌を歌ったり、音楽に合わせて指をトントン揺らしたり、肘をついて窓の外をぼんやり見つめたり。普段通りの光に非日常なカメラを向けられた瞬間、まるで映画のワンシーンのような美しい情景に変わってしまったようだ。何気ない仕草ひとつ撮っても絵になる。
「あれ、ところで今西は?」
「疲れたって言うから、保健室送ってきた。午後の自習にはきっと来ないよ、カメラもあいつも」
「あーなるほど」
「そうそう! 姫のサイン欲しいんだけど。だめ?」
「なんで俺の?」
「いや、あの、今西はなんかこう……近寄りがたいけど、姫はいっつも俺たちに優しいし、仲間って感じだし。俺けっこう姫のこと応援してんだぜ。一緒にメシ食った仲じゃん、頼むよ〜」
「別にそんなのはいつでも構わないけど……」
「マジで、やった!」
「うちも、動画サイトとSNS観て姉貴が今西にハマっちまってさあ。できたら二人分欲しいんだけど」
「……うん、いいよ。書くものさえ持ってきてくれたら、機嫌のいい時に書かせる」
「くっ助かる! さすが学級委員長!」
WINGSの知名度は、夏休み前と比べて明らかに違う。手のひらを返すように自分を芸能人扱いするみんなの反応には内心複雑な気分だった。
(俺のライブも楽曲も、聴いたことないくせに)
不本意な形ではあるが、どうせ彼らともあと半年足らずでお別れだ。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響く。適当に愛想を振りまきながら、勝行は一人で騒がしい教室へと戻っていった。
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