第一章 四つ葉のクローバーを君に

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** 『友だちになってくれよ。給料払うからさ』 ちょうど三年前。相羽勝行がいきなり言ってきた口説き文句を思い出すと、ほんとにおかしなやつだよなと今でも思う。 君のピアノが好きなんだとか、修学旅行で同じ班だからとか、色んな言い訳をつけては何度も話しかけてきたし、双方の利害が一致して本当に雇用契約を結ぶことになったとたん、惜しみなく多額を投資してきた。 そんな不思議な関係から始まったせいだろうか。未だにわからないことがある。 (勝行って、俺の何なんだろう) 宵のはずなのに、見上げた空が眩しくて直視できない。 光は泥まみれの手をかざして目を閉じた。 (最初は……家政夫の仕事頼んできた、雇い主だっけ?) (友だちになって) (一緒の家に住む、義理の兄弟で) (今は、バンドのパートナー) (でも俺のこと、最初からずっと好きだったって、教えてくれた) (ゲイじゃないくせに、俺は男のままでいいって) (一生愛するって) 情報量が多すぎて、いつも一言でうまく説明できない。 (俺も勝行のこと、好きなのかな) ただ好きに種類があるといわれたら、どれに該当するのかは皆目見当つかない。今も昔も変わらず一番好きなものはと問われたら『音楽』だと思うし、それと同じくらい勝行の歌声が大好きだ。 彼のその能力は魔法使いのよう。インスピレーションだけで生み出した即興ピアノ曲を、多重奏のロックソングに変えてくれる。そしてあの甘いカフェラテのような声で、楽しそうに歌う。彼の特技を知った時の衝撃は半端なかったし、「お前と一緒に音楽を作りたい」と誘われて、断る理由もなかった。 中学三年の夏。二人で始めたバンドにはWINGSという名をつけた。 色んな曲を作ったり、路上や小さなライブハウスで歌い続けた。東京に来てからは実力に目をつけた大人たちと意気投合し、毎晩のようにセッションする。口下手でコミュ障でもいい。音楽だけで会話できる仲間が増えた。そこには常に勝行が一緒にいた。 光にとってそれはいつしか、趣味以上の生きがいになった。家族愛に近い友情は、共同生活の中で自然と育まれた。願わくばずっと、勝行と一緒に音楽活動を続けたい。彼の望んだ願いと同じ。 ――好きかどうかと聞かれたら、きっと『彼と一緒にいる時間』が好きなのだと。今は、こんな答えしか思いつかない。 だが欠陥だらけでポンコツな己の身体は、いくら成長しても思うようにはならない。少し風邪を拗らせただけで心臓発作を起こして入院三昧。自宅にいる時間と病室にいる時間、果たしてどちらが多いだろうか。 (このままじゃ、勝行のやりたいことが何もできなくて……あいつが不幸になっちまう。また俺のせいで……俺が父さんと母さんを困らせたみたいに) 毎日見舞いに来てくれる彼にそういうと、決まって「そんなの気にしないよ」と笑いながら髪をなでてくれる。それからよく眠れるようにとキスもしてくれるし、大好きな声で毎晩歌ってくれる。 同級生のくせに、その存在はまるで母親か、兄のようだ。 「しっかり休養して、元気になって。家に帰ってきたら、まずはお前のピアノを聴かせてよ」 そんな人のために、四つ葉のクローバーを……幸せを、手に入れたいと思った。彼が自分の傍にいても幸せだと笑ってくれていたら、生きている甲斐があったと思える気がして、光はもう一度草むらに寝転がった。 今はピアノと家事以外なんの取り柄もない。けれどいつかは自分が勝行を助ける側になりたいし、自立したい。 ただただ彼の隣で甘えて過ごすだけではなく、『そこで生きていてもいい』と世間に認めてもらえる、存在意義が欲しい――。
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