…… 挿し絵

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自分用のベッドに寝転がり、キスをしてと強請れば、甘い音を立ててライトタッチの可愛い口づけをくれる。 「……もっと」 ぶすっといじけた顔を見せたら「いいけど、熱が下がるまで激しいのは我慢だよ」と柔く咎められた。それは本当に意地悪で言ってるようには見受けられない。わがままに対して何かと甘すぎる、大人びた余裕の表情だった。 (勝行は……優しいほうの勝行は、やっぱそういうの苦手なのかな。俺が好きだから。ヤりたいって言ったら、しょうがないなって……困った顔すんのかな……) この前と同じことがしたい。風呂に入る前にシたやつ。 そのたった一言が、喉奥につかえてうまく声に出せなかった。勝行はあれから一度も光の性器を触ったりするようなことはしてこない。キスもあまり、激しいものはしてくれない。 (ブラックな勝行が居る時にヤリたいって言ったら、今度こそ抱いてくれるかな。すげえ激しいけど、あれぐらい乱暴な方がいい。怒られてる方が……なんでか、気が楽だ……。優しいのは……心が苦しくて、泣きたくなる) 拗ねる光の髪を梳き、何度も啄むようなキスを繰り返しながら、勝行はため息を零した。 「あのさ光……今度は自宅にも撮影入るって」 「……は?」 「だからもしかしたら、しばらくキスできないかも。さすがに寝る前には帰ってもらうよう、言うつもりだけど。泊まり込む回も欲しいって言われて、今交渉してるんだ」 「う、うそだろ……キスまでお預けだなんて」 そんな仕事、初耳だ。光は思わず勝行の胸倉を掴み、情けない顔で抗議した。 学校は元々他人だらけなので気にならなかったが、さすがに自宅となると話は違う。外では人目を気にする勝行に対し、唯一手放しで甘えることができる場所だったのに。正直、片岡が来た時も光は素直にいいよとは言えなかったぐらいだ。二人だけで作ってきた、秘密基地のような大事な聖域を侵された気がしていい気はしなかった。 「学校でも家でも触んなって……?」 「そこまで制限はしないよ。でもその……ベロ入れたりするのは、やめとこう? 今だけ。ね?」 「普通に仲良くしてたらいいって……普通にしていいって言ったくせに……」 どうしてキスがダメなのか。自分で口に出しておきながら、だんだん悲しくなってきた。仲良しロックバンドとしてステージ上でキスすることは許されても、カメラの前ではそれが許されないなんて、理不尽極まりない。光はすぐに理解できなかった。 「ほっぺとか、おでこなら挨拶っぽいから、この際カメラの前でもいいけど。俺も我慢するけど。でもその……ディープキスは、やっぱ……兄弟がやるのはおかしいよ」 「なんで。源次とだってやってたのに」 「だからそれは……お前の親の教育が間違ってるんだって」 普通はやらないよ。 一生懸命光を宥めようとする勝行の言葉が、何一つ入ってこない。勝行に今の自分を、両親を全部否定された気がして心が痛む。 (我慢……? 俺とキスするのも、我慢なしにできないことなのかよ) やはりこんな身体の自分がおかしいのだろうか。キスをして、肌と肌を寄せ合って、互いの温もりを感じていないと怖くて眠れないのは、淫乱で変態だから——? 「光……泣かないで。ごめん、言い方悪かった」 唐突に頬を撫でられ、初めて光は自分が泣いていることに気づいた。 「ない……泣いてないっ」 「うん、ごめんね」 勝行は光の言葉をさらりと流しながら、毛布ごと光を抱き寄せて背中を撫でている。勝行がいつも落ち込んでいる時にしてあげると喜ぶ仕草。 (だから……こんなの、は) 泣きたくなるから苦手なんだ。この勝手に出る涙は、優しすぎる勝行のせいだ。仕事に対して小さい子どものようなわがままばかり言う自分を「馬鹿だな」と怒って責めてくれないから。やんわり「変だよ」と諭すその声が、どこか他人行儀で、遠慮がちで——自分を遠ざけているようにしか感じられないから。 光は必死に唇を噛んで涙を堪えながら、勝行のワイシャツにその顔をぐりぐり擦りつけた。
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