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勝行が二日目の模試を受けている間も、光は一人で撮影の仕事を続けた。本格的に外にも出かけ、ぶらぶらと公園を散歩したり知り合いの楽器ショップを訪問したりと分刻みのスケジュール。終日保と晴樹の二人が近くに居る。手分けして指示を入れたり、緊張している光に声をかけ、不安を取り除いてくれた。
本当に晴樹は保のパートナーとして、うまく仕事を分担しているようだ。ついこの間再会するまで十年も離れていたとは思えない、息ぴったりの連携プレイには目をみはるものがあった。
時折晴樹が飲み物を買ってくれたり、空き時間に遅れがちだった現代文の宿題を見てくれる。
その隙間で時々、昨日の話の続きを聞かせて欲しいと強請った。
「色んな性別の人がいたマンションの話?」
「うん、それ。お前のケツ狙ってきたゲイ以外にどんな奴がいたの」
「そうだなあ。女装が趣味なんだけど、普段は工事現場で働いてるから、僕より全身ムキムキで腕も胸もパンパンなおじさん」
「そっ……それは向こうの国ではありなのか」
「ありよりのあり。国は関係ないさ、その人はとっても楽しくアニメのコスプレをしていたよ。日本大好きって言ってくれてね、熱心に日本語の勉強をしていたよ」
「ハルキはそこでも先生してたのか?」
「そうだよ。外国人に日本語教える仕事が本業」
「だから国語?」
「そうそう、正確には教員免許もってない特別非常勤だから、現代文しか教えられないんだ。だから学校では雑用係の下っ端」
へええ、と光は感嘆の声をあげた。ただのいけ好かない男だと思っていた晴樹の情報を知れば知るほど、興味が増してくる。リアクションを飛ばすと晴樹は嬉しそうに次のネタを投下してくれる。盛り上がっていると、保も時折興味深そうに聞きに来た。女同士がセックスする部屋の隣で、男同士が腰を振りあっていたとか。街角で男が男に指輪を渡してプロポーズしたら、もう片方も同じ指輪を買って渡そうとしていたなど。フィクション映画のような話に、光は胸を躍らせた。
「すげえなあ。俺も行ってみたいな、アメリカ」
「日本にいてもみんな隠してるだけで、案外面白い奴はいっぱいいるよ」
「そうなのかなあ。久我さんは隠してて嫁さんに怒られたんだっけ?」
「そうそう。そんなこと言ってたねえ」
ケラケラと三人で笑っていると、それをカメラに収めたスタッフが「光くんアップでいいの撮れました」とガッツポーズを送ってくる。コーヒーショップの屋外テーブルで、フローズンカフェラテを飲みながら笑う光のスナップがすぐに確認できた。光は初めて自分の映った画面を覗き込んで驚いた。
洗面所や楽屋の鏡で見る顔とは全く違う、まるで別人のような自分がそこにいた。
(俺ってこんな、楽しそうに笑うんだ)
勝行が以前言っていた言葉をふと思い出す。今が幸せな昼間だから、未来の星が見えにくいだけなのだと。時々不穏な空気は纏うけれど、それは微々たるもの。乗り越えられた次の日は、確かに笑っている自分がいる。
その笑顔はどことなく、幼い頃に憧れた元気いっぱいの人気者・弟に似ている気がした。
「なんか……変なの。テレビの中に別の俺がいるみたい」
率直な感想を呟いたら、それもまたスタッフの皆にどっと笑われ、晴樹と保に「光は可愛いなあ」と抱きしめられた。
「うざいやめろ!」と叫んで抗ったものの、光はその嘲笑を嫌だとは思わなかった。不思議と暑すぎない、初秋の日差しのようなひと時だった。
帰り際、晴樹は光の単独マネージャーとして休日傍にいることになったと告げられた。保のアシスタント兼、勝行の代わりに光の仕事をサポートするポジションになると。この土日はそれを試してみる二日間だったことも初めて知った。言われてみれば、急に諸々合点がいってしまう。そういうことなら最初から言えよな、と少し不貞腐れていたら「光くんと自然に仲良くなれたらいいなと思って」と晴樹は笑っていた。
それは模試明けの勝行にも漏れなく伝えられた。何か少し言いたげな顔をしていたが、勝行は「わかりました、よろしくお願いします」とだけ言って、晴樹と握手しながらいつもの作り笑顔を見せていた。
晴樹の後ろに立っていた光には、一度も視線を合わせなかった。
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見渡せば人はみんな違う。例えば男が女を好きになるとは限らないし、男が好きだからって遊び人とは限らない。
勝行が自分を好きだと言ってくれた言葉も、こういう事だったのだと気が付く。では自分は。——自分は?
月が変わって朝晩冷え込み、神の居ぬ季節になっても答えを上手く導き出せない。
(触りたい……もっかい、触ってほしい……)
(どうして、俺を見てくれないんだ、なあ……)
「……かっ」
咄嗟に口から出た声で浅い眠りから目覚めた時、すぐそばに晴樹が立っていた。まじまじと覗き込むように見つめられるが、頭から変な汗をかいていて気持ち悪い。光は思わず布団で顔を隠した。嗅ぎ慣れた保健室の薬品臭がツンと鼻についた。
「み、見るな……!」
「どうして? かなりうなされて苦しそうだったから、熱を測りたいと思っていたんだけど」
強引に布団を剥ぎ取ると、体温計を手にした晴樹は汗だくの首元に手を突っ込んでくる。その感触だけでも敏感になってしまい、光はビクンと身を跳ね情けない声を漏らした。さっきまで夢うつつの中で勝行に抱かれてうんと乱れていた自分を思い出してしまい、泣きそうになる。
「……あー。お年頃だもんねえ、辛いね?」
事情を半端に察した晴樹は、熱を測るのをやめ、制服越しに光の股間を撫でてきた。すりすりと音を立てて、下着とスラックスの布が擦れ合う。
「や、やめ……ろ……っ、知ってるくせに……!」
「うん、知ってるからこそ、溜まった膿は吐き出してあげたほうがいいかなと思って。僕じゃ不満かな?」
「ふぅう……っ、うっ……」
「泣くほど我慢して。男の生理現象なんだから、気にすることないよ。……そうだ、鍵をかけてあげる。終わるまでは僕と二人きりだ。これならどうだい」
晴樹はそう言うと、立ち上がって保健室のドアを内側から施錠した。表にはしっかり「教員不在」の看板をかけている。さらに用意周到にベッドのカーテンを全部閉じてしまい、ティッシュとタオルをベッドサイドに持ち込んだ。
「一人でやる? それとも気持ちいいヌき方、教えてもらいたい?」
「……き、もちいい……ヌき方……?」
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