第一章 四つ葉のクローバーを君に

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…… ………… 目を開いた途端「このバカ!」とデコピンを食らわされ、光は寝ぼけ眼のまま「いたい」と唸った。 そこにいるのは珍しく鬼の形相ながら、目元が大きくて可愛い童顔の義兄・勝行。どうして怒っているのか、光には皆目見当つかなかった。 「もう少し考えて行動しろって言ってるだろ。なんであんな夜遅くまで外にいたの。しかも泥まみれで……まだ体調悪いくせに、何やってんだ」 「外……?」 見慣れた病室のベッド。心電図に点滴、白いシーツ。それから、高校の制服姿の勝行が仁王立ちで立っている。 確かに外にいたはずだが、自力で病室に戻った記憶がない。いつの間にベッドで寝ていたのだろう。 「昨夜のこと、覚えてないのか?」 「……うん」 「まったくもう……」 深い嘆息と共にくどくどと親友の説教が始まる。それをBGMのように流しながら、光はゆっくり記憶の断片を辿ってみた。 あの母子と別れた後、急に思い立って四つ葉のクローバーを探しつづけた。結果、とっぷり日が暮れるまで外にいた。その途中、狭心症の発作が出てしまったのに、暗がりの茂みに舌下錠を落としてしまい、うまく服用できなかった。そこからの記憶はない。 その頃、部屋に戻ってこない光を心配した看護師と勝行が、総出で病院中を捜索していたらしい。 「病棟の裏の壁際でぶっ倒れてたんだぞ。あんな死角になるところで発作起こして、誰にも気づいてもらえなかったらどうなってたと思う?」 もう一度光の頭を軽く拳骨で小突いた後、勝行はベッド脇のパイプ椅子にどかっと座り込んだ。 「ご……ごめん……」 考えなしに行動したせいで、幸せを届けるどころか沢山心配をかけてしまったようだ。光はしょんぼりと薄い色素の髪を垂らし、謝罪の言葉を述べた。 落ち込むと、いつもならベッドの上に座って頭を撫でてくれる。――はずなのに、勝行は首を回したりこめかみを押さえたりして、いつまでもパイプ椅子から動こうとしない。昨夜は帰宅せず一晩中付き添ってくれていたのだろうか、学校帰りそのままのスクールバッグが出窓の前に置かれていた。 「病気を治すために入院してるのに、余計悪化させてどうするんだ」 「……ん……」 「最もあの時間、あの場所では救助を呼ぼうにも無理があっただろうけど。部屋に居ればナースコールひとつで解決できた話だろ」 「……」 「謝るんなら、まずは病院のスタッフに言えよ。迷惑かけたんだからな」 刺々しい指摘に返す言葉も見つからない。ただ四つ葉のクローバーを探していた――なんて言えばもっと怒られそうだ。 黙り込んで布団に突っ伏していると、じわじわ悔しさがこみ上げてくる。結局目当てのものは見つからなかったし、もう一度探しに行きたくても指に挟まれた酸素センサーと点滴のコードが邪魔で動けそうにない。また元のベッド張り付け生活に戻ってしまった自分の不甲斐なさに呆れてしまう。 他人の『幸せ』は簡単に見つけられたのに、一番大切な人の『幸せ』が手に入らないだなんて理不尽だ。 「……勝行の……欲しかったのに……」 「何を?」 名前をぼそりと呟いた途端、不思議そうな顔を向けて勝行が聞き返した。なんとも返せず、口を尖らせて塞ぎこんでいると、勝行は自己解決したのか少しだけ笑顔を見せた。 「とりあえず、無事でよかった」 するりと頬を撫でてくれるその手は冷たい。 「お前とはずっと家族でいたいけど、これじゃ心臓がいくつあっても足りないな」 「……う……」 「光はホントに昔からトラブルメーカーだよな。見てて飽きないけど、毎日心配で眠れない俺の苦労にも少しは気づいて」 「お……俺だって好きでこんなん、なるわけじゃ」 「ん、分かってるよ、ごめんね意地悪なこと言って。珍しく素直に謝ってくれたから、かわいくてつい」 ぽんぽん。光の柔らかい髪を撫でながら、勝行はそのままスクールバッグを持ち上げた。 「ついってなんだよ」 「そんな顔して拗ねないでよ。お前が反省するまで最低一日は怒っててやろうと決めていたのに、早速挫ける」 「……?」 「でも今日は絶対安静にね。早く治さないと、お前の大好きなライブもできないよ」 腕時計を何度か確認しつつ、勝行は「じゃあ、学校行ってくる」と光の頬に軽いキスを――指越しに重ねて、意地悪く微笑んだ。
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