最新AI マッチンGood〜♪

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 「運命の相手を探しているあなたは必見!最新AIがあなたにぴったりの恋人を探し出します。成功率95%!今なら無料でお試し頂けます」 いつもなら読み飛ばすだけのそんな胡散臭いSNS上の広告に目が止まってしまったのは、和哉と別れるという選択肢を考え始めたからに他ならない。学生時代から付き合い始めた和哉と僕はもう5年近く一緒にいて、今は同棲もしているが、別れを考えたきっかけは2ヶ月後に彼の転勤が決まった事だ。場所は上海。せめて国内ならと思ったが、彼の仕事は海外転勤が多く、上海はまだ近場な方らしい。東京にある出版社勤めの僕は転勤は無いが、彼が転勤した後のことを考えると、毎日一緒にいた人が側にいない寂しさそれ自体よりも、その寂しさに耐えながら和哉を待ち続ける事が出来ないかもしれない不安と、海の向こうの和哉を信用しきれない自分を認めるのが怖くて、それならいっそ手放してしまうのも手かもしれないと思い出したのだ。  最新AIサービスの名前は「マッチンGood〜♪」で、昔ブレイクした女性芸人が持ちギャグを披露しているポーズの写真が広告として使用されていた。この広告キャラクターの人選によって胡散臭さはより増したが、警戒心は解けたのも事実だった。このサービスを利用する為の条件はただ一つ、「何かしらのマッチングアプリを一定程度アクティブに使用している事」という事。考えてみればそれは当然の事で、例えば運命の人を膨大な日本全国民の戸籍台帳から探し出すなんて事は、大海から一匹の白魚だけを掬い取るくらい無謀な事で、いくら最新AIをもってしても無理なのだ。あくまでマッチングアプリを利用している者同士の相性チェックであり、利用者以外はそもそも選考の対象に入らない。かつ、ある程度の利用実績が無いとそのユーザーの趣味嗜好の傾向を割り出すことが出来ない為、登録しただけで殆ど利用していないようなユーザーは、「マッチンGood〜♪」利用時に弾かれる仕組みにもなっていた。  自分の理想のタイプが「マッチングアプリとか利用しないような人」であった場合は肩透かしを食らうことになるのだが、幸い、日本国内にいる同世代の僕らのような性指向を持つ人間は、ほぼ全員がマッチングアプリを使用していると言っても過言では無いので、運命の人の分母となる人数に不足は無かった。またこのサービスの特異点として、自分とは異なるマッチングアプリを利用しているユーザーも検索対象としてくれるという利点があった。一体どんな仕組みでそんな事が可能になっているのかはわからないが、裾野は広いに越した事はない。  「マッチンGood〜♪」には2つのサービスがあって、1つは「クイックマッチンGood〜♪」。これはその名の通りマッチングアプリのデータ利用を許可するだけですぐに結果が出るというもので、ロジックとしては、まずは僕の興味対象になり得る見た目や趣味の傾向から対象者をある程度絞り、結果の何人かを提示するというものだった。言ってしまえば至極シンプルな仕組みで、一人一人の画像とプロフィールを見ながら左右にスワイプするよりかは確かに効率的に思えた。  もう1つは「スーパーマッチンGood〜♪」で、こちらは先程のクイックと基本的なロジックは一緒ながら、例えばクイックでは自分の居住エリアの周辺の人しか対象とならないのに対し、範囲設定や具体的なエリア指定も出来たり、髪型や体型タイプ、趣味などの詳細な条件設定を元にカスタマイズできるというものだった。かつ、スーパーだけの機能として、僕のストライクゾーンに入る相手を提示するだけではなく、今度はその対象者の中から同様の仕組みで僕に興味を持っている、あるいは持つ可能性の高い人だけを絞り、結果を提示するという。これは実は何より重要で、どんなに自分が好きなタイプであっても相手から好かれる事が無ければ運命の相手にはなり得ない。好きになった相手なら振り向いてもらえるまで積極的にアプローチすべし、と言われたらそれまでだが、往々にしてそんな気力を恋愛に投入できない僕らには、最初から断られるリスクが低減された状態で提示される選択肢の方が心地良い。背伸びしてハイブランドのシャツ1着を手に入れるより、セール期間に国内セレクトショップで全身揃えたいし、ハイシーズンの年末年始にパリに旅行に行くよりも、金曜日に有給を取って二泊三日で近場の台湾旅行に行くのが僕たちだ。  残念ながら無料で利用できるのはクイックだけで、スーパーは一回350円の利用料がかかるらしいが、そこは相手も商売だから当然だ。僕は、350円という絶妙な値段設定に唸りながら、殆ど躊躇いなく課金ボタンを押した。
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