泣いちゃうくらいあなたに恋をした

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 民宿に車が到着したときにはもう深夜といってもいいくらいの時間で、みんな眠たい目をこすりながら車を降りた。 「凪さあ~ん」と寝ぼけた声を出す友近の頭をポンっと叩いて凪さんはぼくたちを民宿の中へと押しやった。 「はいはい。お礼はさっき聞いたからじゅうぶんだよ、早く帰って寝な」 「ううっ、優しい。また会いに来ていいですか?」 「おお、来い。また働いてくれ」  ぱーんっと背中を叩いてニヒヒっと笑う。  その笑い方を見るのももう最後。そう思うと何かがこみあげてきて、ぐ、っと喉が鳴った。 「またね、凪さん。お世話になりました」 「おお、お世話してやったぞ。じゃあな、元気でな」  ひとりひとり凪さんにお礼をいい民宿の中へと消えていく。さみしいといいながらその後ろ姿はもう帰る場所へと思いを馳せ始めている。ぼくだけが凪さんと離れがたい。  まだ一緒にいたいのにその理由も見つからなくて、一番最後に凪さんと握手を交わした。 「じゃあな。尾上もお休み」 「あ、はい。凪さんも、あの、おやすみなさい」  こんな時でも経験値の低いぼくはうまい言葉ひとつも見つけられない。  バイバイと小さく手を振る凪さんに頭を下げて、みんなと民宿の中へと戻った。  民宿のガラス張りのドアが重たい音をたててぼくと凪さんを隔てて閉じる。 「あー眠い」 「でもすごかったっすねー」  口々に感動を述べつつ廊下を歩く最後尾についていきながらずっと後ろ髪を引かれている。  このまま終わっていいのか。  本当にこのまま凪さんと離れてしまっていいのか。  明日の朝になればぼくはここからいなくなる。もう、あんな風に彼の笑顔を見ることができなくなる。    本当にそれでいいの?  ダメだろ、と腹の底から強く思った。  こんな半端なサヨナラでいいいはずがない。凪さんとの時間をこんな風におわらせたくない。  だってぼくは何も凪さんに伝えていない。  伸びをしながら目の前を歩く友近の腕をひくと「ごめん」とぼくは謝った。 「忘れ物をしたから戻る」  返事も待たずに走り出した。  こんなダッシュはしたことがないってくらいのスピードで今来た廊下を戻っていく。    急く気持ちのまま靴をはいて外に飛び出すと凪さんの車はもうなかった。真っ暗な暗闇がそこにあるだけ。  まるでさっきまでの時間もなかったかのような静寂の中に秋の虫が鳴いている。 「くそ……っ」  こんな大事な場面でみんなと一緒に帰っていったぼくをみて凪さんはどう思ったんだろう。  これで終わりってせいせいした?  違う、傲慢かもしれないけど、きっと凪さんは寂しいと思ってくれたはず。いつもはふざけてばかりの凪さんが時折見せる切ない表情を思い出してぼくは唇を噛みしめた。 「凪さんっ!」  名前を呼んでも当然のことながら返事があるはずもない。  行くあてもないまま走っていたぼくにひらめくものがあった。もしかしたらあそこかもしれない。  もし、凪さんがぼくとのことを想ってくれていたら……ぼくならばあそこにいく。  幾度も凪さんと逢瀬を重ねて帰った道。この夏凪さんに会いたくて毎日のように通った道をひたすら走り抜けた。  波の音が近づいてくるのを感じながら走るスピードを緩めることなく進んだ。  足をとる砂を蹴って駆け寄った先、人影のない海の家の近くの砂浜に凪さんはいた。  僕たちがはじめて体を重ねたあの場所に。 「凪さん……」  サクサクと足音をならし小さく名前を呼んだけど凪さんは振り返らなかった。
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