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凪さんはもう一度ぼくの胸の中に飛び込むと、ドン、っと強くたたいた。何度も繰り返して「ばか真咲」と呟く。
「一年だぞ。お前、今更何言ってんのかわかってんの」
「ごめん凪さん」
「今になって、やっと、それも会いに来てごめんって違うだろ。逆だろ。会いに来なくてごめんってなんで言ってくんないの」
「え」
凪さんの顔が夕日に染められていた。
涙が太陽を反射させてキラキラと光っている。
むくれた顔も怒りで歪んだ眉も。どれもが凪さんの綺麗さを際立たせている。
「お前が! 勝手に終わらせていなくなったんだろ。おれがあんなに好きだって言ったのに。全部なかったことにしたくせに今更なんなの」
「凪さん!」
言っている意味が分からなくて強く抱きしめた。
凪さんはぼくからの連絡を待っていた?
ぼくが勝手に諦めて終わらせていたから怒ってる?
「お前がビビリだってわかってたよ。だからわかるようにあんなに好きだって言った。お前だけにおれの普段の場所を教えた。なのに全然伝わってなくて……怖かったのはこっちだよ。どうしていいのかわかんないし、お前は応えてくれないし……ほんとに終わたんだなって、それだけだったんだって、なのになんで今になって……!」
「凪さん、好きです」
ああ、なんてことだ。
ぼくが怖かったのと同じくらいこの人も怖がっていたんだ。ぼくの意気地なさを知ったうえで精一杯の愛情を示してくれたのに。
友近の言う通りだ。
ぼくの卑屈さが凪さんをもっと傷つけていた。
こんなに愛おしいのにただ苦しめていた。
「ごめんね、凪さん……好き。大好き。ビビリでごめんなさい。こんなに大好きなのに勝手に諦めて終わったことにしててごめんなさい。でもずっと凪さんの事想ってた……ごめんね、全然伝わってなくて独りよがりで、好き、凪さん好き」
「ばか真咲のことなんてもう忘れた。知らないよ」
「でもここにいた。ね、凪さん、ぼくのことを想っててくれた?」
凪さんと初めて身体を重ねた場所。何度もデートして、最後の夜もここだった。ぼくたちにとって大切な場所に来てくれたってことはうぬぼれてもいいかな。
「想ってるはずないだろ。つけあがんな」
「うん。そうだね」
だけど凪さんはぼくの腕の中から出ていかない。凪さんの涙はとまらなくてぼくのTシャツをビショビショにしているけど多分それが答えで。
「凪さん、正直今も遠距離は怖いし自信もないし不安ばっかりだ。でも凪さんに好きになってもらえるようにがんばるから、そばにいていい?」
「だめ」
「じゃあ、勝手に好きでいるからそれは許して」
うつむいたままの凪さんのつむじに唇を落とした。懐かしい匂いを吸い込んむ。
ああ、なんでこの人を諦められると思ったんだろう。こんなに好きなのに。
「許さない」
鼻をすすりながら凪さんが顔をあげた。
「今度勝手に終わりにしたら許さない」
「うん。もうしない」
揺れる髪に、まぶたに、ひたいに、目の際に。小さなキスを落としながら抱きしめる腕に力を入れると、凪さんは大人しくされるがままになっていた。
ためらいながら唇に近づくと、ぐっと頭を抱きかかえられて強く吸いつかれる。
久しぶりの甘やかな唇にとろけてしまいそうだ。
「お前なんか絶対一生ゆるさないんだからな」
それはこれからも一緒にいていいってことで。
「好き、凪さん」
「……おれも好きだって最初から言ってる」
ごめんね、ともう一度謝って顔を寄せた瞬間、プ!っと豪快なクラクションが響いた。
顔を上げると友近で窓から身を乗り出しブーイングの嵐だ。
「そこ! いつまでもいちゃついてんじゃねーよ!」
「友近!」
凪さんの腰を抱き寄せたまま手を振ると「学食1か月分だからな」と叫ばれた。
「人の事パシらせて目を離したすきにいちゃつきやがって。定食だからな、覚悟しとけよ」
「わかった。飲み物もつける」
「それで手をうってやる。あと帰りはご自分でどーぞー」
そう言いながら猛スピードで車を走らせて消えていく。去り際に嬉しそうに笑っていた友近にはどれだけ感謝してもし足りない。
友近が背中を押してくれなきゃこの先もずっとひとりで悶々とし続けていただろう。
「置いていかれちゃった」
「定食一か月分っておれも安くなったもんだな」
「ちゃんと食後のコーヒーもつけますので」
凪さんはぼくの鼻をむぎゅっとつかむとイーっと憎たらしい顔をして見せた。
「こんなんで簡単に手に入ったと思うなよ」
言いながらぐいっと手を引き砂浜を歩きだす。
「一年分の謝罪をじっくりとさせてやるから」
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