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衝突
大君はすぐに病院を出てタクシーを走らせた。その道中何度も宙光、そして昴流にも電話をかけたが、繋がることはなかった。
大君が真っ直ぐに向かったのは、昴流がいるであろう自宅だった。そしてその予感は的中した。家を前にするなり、聞こえてきたのはナナの金切り声だった。
大君の顔は一瞬で青ざめたが、すぐに家の中に飛び込んだ。
そこには倒れこむ昴流と、それに乗りかかる宙光、その場に座り込むナナの姿があった。そして既に夥しい量の赤が、真っ先に大君の目に飛び込んで来た。
「ぐ、あ……待て、宙光」
「うるせぇ! ぶっ殺してやる!!」
宙光は躊躇無く、その手に握る血塗られたナイフを昴流の胴部に突き立てた。
「ぐあああああっ!!」
「止めろ宙光っ!」
飛び掛った大君は馬乗りになる宙光を殴り飛ばした。宙光は転げたがすぐに体勢を立て直して再びナイフを構えた。
「お爺ちゃんどいて、そいつ殺せない」
「宙光、どうして、どうしてこんなことをしたんだ!」
「そいつがいる限り俺と明日葉は、いや、世界は幸せになんかなれやしない! 何なんだよこんな歪な世界はよっ! だからここで殺す! 殺さなきゃならないんだ!」
「だからってこんなやり方はないだろう! 何故お前達は話し合おうとしない」
「こいつが言って解るような人間かよ、あんな陰湿なやり方で人を追い詰めてさ!」
「待て、宙光……お前、一体、何のことを……言っているんだ」
「もう良い喋るな昴流。気を強く保っていろ。ナナさん、早く救急車を!」
「だ、駄目です。深刻なエラーが発生しました。身体を制御できません」
「くそ。なら宙光、お前が呼べ」
「は! 何で俺が。この期に及んでまでシラを切るような奴を何で助けなきゃならない」
「ふざけんな!」
大君は再び宙光を殴り飛ばした。そしてその落としたナイフを遠くへ蹴り飛ばした。宙光は立ち上がることなく、嗚咽を漏らした。
「お爺ちゃん、何でだよ。こんな人間は世界に不要だ。なんで解ってくれないんだよ」
「ああそうか。殴られたことが無いのか。だから痛みが解らないんだな、昴流も、宙光も。元を辿れば全部お爺ちゃんが悪いんじゃないか……ごめんな。でもな、もう止めてくれ。俺はこんな未来が見たかった訳じゃないんだ。その頬が少しでも痛むのなら、自分のしたことを解ってくれ。そしてもう二度としないでくれ。こいつは俺の息子なんだ。いくつになっても、俺の息子なんだよ」
「お爺ちゃん、でも、俺は」
「ごめんなさい」
その時、声を発したのはナナだった。
「申し訳ありません、全部、私がやったことなんです」
「ナナさん、何を?」
「ここ最近の不自然な出来事について、手を回していたのは全て私なんです」
「何故、そんなことを」
「過去の昴流様の行動からその真意を推測しました。昴流様が口に出来ない不都合な事象を代わって処理していくことが私の使命。……そう考えていました。それが、こんな結果になるだなんて予想も出来ずに」
「ナナ……僕は、そんなことを、望んでは、いないよ。宙光には、幸せに……ぐっ」
「申し訳ありません昴流様。全ては私の間違いが引き起こした事態です……どうして、どうして今も私は涙を流せないのでしょう。きっと、それが悪かったのですね」
「過ちを気に病むことはない。……ただ認めて、次の糧にすればいい。それが大人の特権だよ、ナナ」
「はい。申し訳ございません昴流様」
「そして、すまない、宙光。僕が、もっと早く、気付いて、やれば、お前と、向き合えて、いれば」
「……嘘だ。お前の言っていることは全て嘘だ」
「そう思われても、仕方ない。でも、僕は……」
「もう喋るな昴流。宙光も認めろ、こんな状況になってまで嘘を吐く必要が何処にある。昴流はな、ただ不器用なだけで、最初からずっとお前のことを大事に思っていたんだよ」
「そんな……じゃあ、俺、何やってんだよ」
「解ったら、救急車を呼んでくれ、頼む」
「……解った」
大君は振り返って昴流に手を差し伸べた。
「昴流大丈夫か」
「はは、父さん、僕、失敗しちゃったよ」
「しっかりしろ、すぐに救急車が来る。父さんがついてるぞ」
「無理だよ。複数、刺された」
「耐えろ! 父さんが先に御面さんに話をつけておく」
「そこまで、保たないよ」
「甘えるな!」
「厳しいな、こんな時にも、叱るのかい……?」
「そうだな。だが、息子を導くのは今しか無いと思った」
大君の表情は緊張を解いて微笑みを湛えた。
「昔、父さんがお前のお爺さんに叱られた時の話だ」
「こちらにも責任が、って、やつ?」
「何でそんなことまで覚えているんだお前は……でもな、違う。父さんが忘れられない一言は、その後の、叱られた後の一言だったんだ」
「な、に?」
「その言葉を聞いた時な、父さんはショックだったんだ。もう本気で自分を叱り付けてくれる人はいなくなってしまったんだってな。だから、後は自分でしっかりとしないといけないんだって思って、初めてそこで、大人の自覚を持った。それを、今からお前に言う」
大君は昴流の手を強く握った。
「いいか。叱るのは、これが最後だ」
「!!」
「自分の息子を、人殺しにするな!」
その瞬間、今にも消えかけていた昴流の瞳に再び力が戻った。
「そう、だね。まだだ……まだ終わらんよ」
「そうだ。大丈夫。お前は助かる。父さんが何とかしてやる」
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