大君

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大君

 やがて救急車は到着し、大君は昴流と共に救急車へ乗った。輸血をしながら病院へと向かい、昴流は緊急で手術室へ入った。そこへ待っていたのは御面だった。 「手は尽くしているけれど……あんな状態じゃ」  御面は涙を隠しきれずにいた。 「解っています。だからここへ来たんです」 「でも、いくら私にだって、救えないものもある。ここまで保ったのだって奇跡としか言いようがないのよ?……複数の臓器がやられてるのに。心臓だって」 「だから、その臓器を持って来たんですよ」 「何を言っているの、貴方は?」 「昴流と約束したんです、父さんが何とかしてやるって。だから、俺の臓器を全部差し出します。昴流を助けてください」 「何を言っているの、そんなことをしたら貴方は! いいえ、それ以前にそんなこと出来る訳ないじゃない」 「まあ、そう言うと思ってました」 「ごめんなさい」 「でも、目の前に生きた人間ではなく、新鮮な臓器が転がっていたなら話は別でしょう? もう、こうするしか方法が無い」 「貴方、まさか!」 「いやあ、素晴らしい世界だった。俺はきっとこんな世界が見たかったから目覚めたんだなあ。大丈夫、きっとみんな幸せになれる。俺は信じてる」  大君は満面の笑顔で一粒の錠剤を取り出して見せた。 「玉手箱、貰っておいて良かった。後は頼みます」  そして、御面が止めようとするよりも早く、大君の身体は崩れ落ちた。 「みんなの生きる世界が、少しでも良い世界になりますように」 「瑞樹へ。貴女がこの手紙を読んでいる頃、俺はもうこの世にいないでしょう……」  数週間後、昴流と宙光から手渡された手紙の冒頭を読んで、瑞樹は崩れ落ちた。いきさつを告げてから立ち去る二人の後ろ姿を見て、瑞樹は隣に立つ娘、美香に語った。 「彼、世間が噂するような人間には見えなかったわね。誰かさんに似て、正直で、とても優しい眼差しをしていたわ。そんな彼が導いて行くのなら、この世界はきっと幸せになれる、そんな気にさせてくれた」 「お母さん、こんな話があるの知ってる?臓器移植を受けた人に提供者の記憶や性格が転移することがあるって」 「知ってるわよ。でも、多分違うわね。きっと彼は元からそうだったのよ。だってそうでしょう? 彼は今まで、一体どんな人を慕ってきたのだと思う?」 「そうだね、あの人だ」  そしてまた、帰路に就く二人もこんな会話をしていた。 「宙光、この後ちょっとコーヒーでも飲んでいかないか?」 「ん? どうして?」 「近くに良い店があるんだよ。最近、お前のお婆ちゃんも良く寄るらしい」 「本当に? 親父、許したの?」 「どうなのかな。でも、悪い気はしなくなったな」 「マジで。じゃあ折角だし寄って行こうよ」 「デートの時間は大丈夫か?」 「全然余裕」 「そうか。……それから、いつかお前の母さんにも会いに行ってみるか」 「母さんに? どう言う風の吹き回し?」 「さあなあ。それが父さんにもサッパリ解らないんだが、そう思うんだよ」 「ふうん。ま、正直に聞いておいた方が良いよ。お爺ちゃんの言葉かも」 「なんだそれ」 「明日葉も言っていたよ。親父から、お爺ちゃんの声が聞こえるって」 「……そうか」 「だからちゃんと聞いておいた方が良いよ」 「そうだな。そうするよ」  晴れた空の下を、二人は肩をぶつけ合いながら歩いて行った。 了
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