水称探偵

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 黄昏  夜と夕刻の境目に、沈む気配を見せない一本線が続く。  初夏に差し掛かり、蝉の声に嫌気を覚えるような初夏。三階の教室まで響く嬌声にため息が零れる。  夏の声に負けじと声を荒げる野球部の掛け声と共に、鬱陶しくて構わない蝉時雨に嫌気がさしていた。  嫌気がさしたのは、何も蝉時雨のせいだけではない。  時刻は七時を過ぎ、部活動に精を出す連中は殆どが青春を謳歌し、それ以外の連中も各々の生活に足を運んでいる。  そんな折、学業に追われる者が一人。   「ああ。それ知っている。確か七日高等学園七不思議の一つ。理科室の亡霊」  そんな話をしている余裕があるのか?と、俺はそちらを睨む。  目の前で物書きに追われる友人は、謝りながら続きを記す。部活動、勉学、委員会。役職を持てば持つほど学業は盛んになるが、それゆえに能力の反中という言葉は大切な筈だ。  誰しもが能力の範疇で決めるべき選択だ。  この場合の、”其れ”に当たる。  学業を無視し自由を謳歌しまくった結果、目の前の男は誰も居ない教室にて事務作業と並行しながら宿題を片付ける事となった。   自業自得の上で友人を誘い、監督役として指名したのは”誰なのか”をもう一度考えてほしい。……と、俺は付け加える。  その上で、噂話を切り出したのは、他でもない俺なのだが。  彼の名前は、赤桐(あかぎり)蛍(ほたる)  生徒会の下部組織、”法務委員会”に属する趣味人。  法務委員会は、生徒会規則に則ったルール違反の厳守を責務とする団体だ。風紀委員と総務部が合わさったような組織であると言えば間違いではない。  生徒の見本となるべきそのような方が、見本とは言えない衆知を晒している点については口を噤んでおこう。 「七不思議なら、人体模型あたりが一般的じゃないのか?」  理科室の幽霊……ね。  そう呟いた自分自身を恨みながら、せっせと筆を動かさない蛍を足蹴りし言葉を続ける。大げさに抗議する友人はそれでも噂話の続きを語った。 「ま、世間一般的には人体模型だけど。この学校においては水死体だという話ですぜ?ふみふみの旦那」  水死体。  水による上での死体の総称。それを想像するのに難くない。  第二理科室と呼ばれる其処は、どの生物を育てている気配がないというのに水槽だけが保管されている不気味な場所だ。  その上で全く使われていないという訳でもない。  他クラス、又は、学級が被った場合其処は理科室として使われる。  五年前だか、六年前か。  その場所で一人の少女が自殺した。彼女の死因は溺死であり、理科室は改装され倉庫として利用されるはずだった。然し今尚理科室として利用されているその場所には、黒いうわさが尾ひれをついて離れない。人体模型が怪異でない理由は、具体性を持った過去があるからだろう。  過去は、尾ひれや蛇足が付き物だ。  水死体の話も、尾ひれや蛇足が付いているだろう。  尚更、人の噂を介在した其れならば。  だからこそ、”水死体である幽霊”として語られる。  そして、そのような特別には別称が付けられる事が多い。  「曰く、水称探偵」    幽霊にさえ、名称がある様に。  第一話 水称探偵  それに、高校生なのだから噂の質を上がるだろ?  友人はそう言いながら筆を進め、行を埋め終えると背を伸ばした。  七不思議がアップグレードする話なぞ聞いたことが無いが、”そういう類の専門家”が言うならばそうなのだろう。  七不思議が噂話だとして、世の中に奇奇怪怪が潜んでいないとが限らない事を教わったばかりだ。 「妙な知識だけは持っているんだな。」 「お話し好きなら当然の話題だよ。他人と共有できる話題ってのは強いからね。こういう話とか、噂話は特に」 「暇がなさそうで何よりだ」 「いや、珍しいね。恋。こういう話題好きじゃないだろ?」  俺の知り合いには好きな奴が多いが。  蛍の言う通り、その類が好きな訳でもない。  が。……だ。苦手というほど気になる物でもない。 「多少は耳に入る程度なら嗜む」 「それって興味が無いって事じゃ?」 「興味が無さ過ぎて欠伸する程度だ」 「完璧に興味ないんだね」  苦笑いをする友人に、一般的な解釈と返した。 「で?なんでその話を?」 「話題に述べただけだが?」 「興味が無い事を話題にしないでしょ。君」  不貞腐れるように窓際を眺めると、彼はやれやれと言った様子で首を振る。 「学業とか部活とか、共通の話題に困らない僕らだけど。真面目な話題だけじゃなくって、こういう話題も増やしていこうと思うんだ。……って、僕なら理由を付けるけどね」 「別に対した事じゃない」  強いて言えば。 「お告げって奴だろうな」 「……お告げ。ね」  疑念を抱いた顔でこちらを見る蛍。  やましい事などしていないというのに、この男は実に疑い深い。  身の潔白を証明できない俺は、長袖もシャツを深く伸ばしそれを主張する。更に疑念を深くする友人に、晴らせる証拠を見せられないのが残念だと口先だけを垂れた。 「……まあ、俺の勝手だ」 「無関係な僕からは何も言えないけどさ」 「無関係なら別にいいだろ」  腕を組む友人に、俺はわざとらしく首をかしげる。 「んで、その幽霊は何をしてくれるんだ?理科室で自殺をした幽霊って、分かりやすい怪奇だとは思うがな」 「噂って地域ごとに特色を持つのが大抵だからね?」 「自殺という話題なら”霊”が一般的になると?」 「わざわざ人体模型にくっ付く理由があるのなら、話は変わるだろうけどね」  幽霊が人体模型に取り付く理由か。  そういう嗜好の変人だったか。それとも別な要因が絡んだか。少なくとも真面目に考える程の事ではない。幽霊だろうが人体模型であろうが、噂話は噂話としてのインパクトだけが存在理由だ。  あり得ない事象が続いている。それだけがあればいい。  そう例えば。  唯の幽霊ではなく……。 「事件を解決する霊___と」 「……専門家的にはどう思う?」 「幽霊の話?」 「ああ」 「そうだね…。ま」  専門家。  それはもちろん、普段目にするような活動の反中の話ではない。  生徒会の下部組織、”法務委員会”には、学校における生徒管理や雑務の他に、もう一つの顔がある。それは幽霊事件などに関係する活動を行う組織であり、大抵の人間はこれを知らない。 「それが僕らの管轄なら、今頃対処しているんじゃないかな」  その類の専門家である蛍はそう吐いた。  ……関係がないという訳ではなさそうだ。 「……ジョークで済めばいいんだがな」 「質の悪い悪戯話で済ませたいけどね」  そうして、蛍は荷物をまとめ始める。 「恋。この後どうする?」 「七不思議探索にでも行くのか?」 「いや、普通に帰るよ。駅前のゲーセンで腕を磨いた後にだけど」 「少し野暮用があってな。先に待ってろ」  どうせ職員室に用があるだろと急かすと、それもそうだと蛍は答える。  荷物をまとめ終え、足早に向かう友人を横目に見ながら、俺は片腕を握りながらスケッチブックを取り出した。様々な人物がが刻まれた其れをめくりながら、一つのページに付箋を付ける。 「……さて」  覚悟というには短い言葉を吐いて、俺は脚を進めた。  
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