資金を探せ

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資金を探せ

 「このままではあと半年で資金が枯渇します。」 定例の経営会議。会議といっても財務を担当している涼宮玲と代表の世渡渉の二人しかいない。コワーキングスペースの4人ほどしか入れない小さな会議室で、世渡にとっては心臓が締め付けられる時間がはじまった。 「資金調達をするか、ゲーム開発への投資割合を減らさないといけません。」  会社の存続の危機であるはずだが、涼しい表情で淡々と事実を述べる。  一方の世渡は露骨に苦渋の表情を見せ、頭を抱えた。これまで現実逃避をしていたわけではない。受諾開発をほぼストップしてる今、会社の金は湯水のごとく新規ゲーム開発に流れているのは当然わかっている事であった。  ただ、投資を受けれる目途がたっていなかった。創業間もないスタートアップへのVC投資は一般的に"人"か"技術"に対してにしか行われない。プロダクトが存在しないので、会社の財務計画やプロダクトの将来性などはそもそも机上の空論で、評価できないからだ。そのため、その分野で優秀な人が揃っているとか、ある分野で優れた技術力を持つ集団、新しい技術の開拓を事業としているとか、そういうことが重要視される。  世渡が代表を務める創業3期目のスタートアップ、DEEP TONE WORKSにはそのどれもなかった。技術的にも特に新しいことはないスマートフォン向けカジュアルゲームの受諾開発が主務で、メンバーも特段秀でているわけではなかった。 「ゲームのベータテストまであと半年。仮にそこでPMFの判断ができたとしても、月次で黒転するのは1年後の見込みだ。少なくともあと1年、耐え抜くだけの資金が必要。そうだな?」 「はい。今後も新規開発にフルコミットする形態であれば、の話ですが。」  今開発している新タイトルに対するメンバーの熱量はとても高い。これまでの受諾カジュアルゲーム開発という面白みに欠ける日々から、自分たちで良いゲームを作ろう、世界を変えようと必死になっている環境は、誰にとっても刺激的で充実したものだった。  だからこそ、ここでブレーキを踏むわけにはいかない。世渡は、スタートアップにおいてメンバーの熱量を奪う意思決定を軽率にしてしまうことで、組織が一瞬で瓦解することを知っていた。  よって選択肢は一つ。エンジェル投資家、ベンチャーキャピタルからの投資を受ける。望み薄だが、この可能性を模索するしかない。  世渡は、投資を受ける方向で考えていることを涼宮に伝えた。 「はい。最も価値が高くなるアプローチでの時価総額を元にしたところ、一株あたり1000円で5万株の第三者割当増資であれば今後の事を考えても問題ない水準だと思われます。現在のバーンレートから考えると、これだけ調達できれば1年はインカムがなくとも経営が可能です。」  持ち株比率も93%以上を維持できる上に5000万円の増資。目指すならこの水準であることは世渡も理解していた。ただし、この数値はこれまでの受諾開発主体の経営を元に算出した時価総額であり、これが目減りしていくのは誰の目から見ても明らかだ。現実的に考えて、それ相応の理由がない限り、こんな投資家にとって不利な条件を飲んでもらうことができるわけがない。 そもそも、受諾主体で安定した利益を維持できている会社が、わざわざ新規ゲーム開発という勝ち目の薄いギャンブルを何故するのか、そこによほどの理由がなければ理解してもらえないだろう。  しかし、世渡に選択肢はない。 「よし、投資を受けよう。目標は涼宮が言った通り。話を聞いてくれるVCとアポが切れたらまた連絡してくれ。」 「わかりました。」  涼宮は勝算はあるの?戦略は?などは一切聞かず、淡々と準備していた候補企業とエンジェル投資家のリストを見せた。世渡も同じ調子でファーストコンタクトの候補を相談し、経営会議は終わった。  世渡はその足でトイレに行き、便器に吐瀉物をぶちまけた。
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