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順当な敗北
世渡はここ数日、現実から逃げるようにゲーム開発に没頭していた。プログラミングをしている間はこの世の嫌なことを全て忘れさせてくれる。ちょうど昨日、かわいいキャラクターでチャットができるようになり、開発メンバーと記念に飲み明かしたところだった。そんな中、涼宮からチャットが届いた。
「サンライトベンチャーズとのアポが決まりました。明日の17時です。宜しくお願いします。」
ついにきたか。世渡は一気に現実に戻され、心臓が締まるのを感じる。ただ、不安だけではなく、そこには一抹の期待もあった。特に素晴らしいアイデアがあるわけではない。一切勉強していないにも関わらず、テスト前日に何故かいける気がするアレだ。
「わかった。ありがとう。・・・なあ、俺だいじょうぶかな?」
涼宮にメッセージを送る。すぐに返事が帰ってくる。
「正直、明日は厳しいと思います。ただ、最終的にはうまくいくと信じています。協力できることがあれば、いつでも仰ってください。」
相変わらず正直だ。そして、信頼されている。俺もそう思う、とだけ返し、明日のプレゼン内容を復習した。
次の日。世渡はサンライトベンチャーズの入居しているビルの前に来ていた。外はすっかり夏の陽気で、額には汗が滴っていた。不思議と暑さは感じなかったが。ビルの中に入り、ゲスト用の一時入場許可証を発行し、エレベーターで13階の受付へ向かう。
13階の受付は、デジタルサイネージが設置してあり、これまで投資してきたであろう会社の輝かしい功績が映像で流れている。ドローンの自律分散飛行による農業革命、ホログラムによるスポーツ観戦。ゲームも見かけた。VR空間で遊ぶはじめてのMMO RPG。お世辞でも自分たちのゲームがここに並ぶとは思えなかった。昨日あった一抹の期待感は、ここではやくも吹き飛んだ。心臓の鼓動が急にはやくなりはじめる。
それでも、平常心を装って受付の端末に予約番号を入力する。
「世渡様ですね。お待ちしておりました。そのまま会議室ライオンへお越しください。入ってすぐ左の通路をまっすぐ進んで頂いて、二つ目のお部屋になります。」
無人の端末から、仮のICカードが発行され、それをかざすと扉が開いた。会議室のある廊下の壁には木々が描かれており、会議室の扉には動物のシルエットと名前がアルファベットで書かれている。タイガー、ライオン、チーター、ハイエナ、ヒョウ・・この通路はどうやら肉食動物エリアのようだ。なるほど、来客者は捕食動物というわけか。自分からライオンの口の中に飛び込む愚かなウサギだ。それでもいかないといけない、瀬戸はライオンの体を叩き、飛び込んだ。
「世渡さんですね。金田です。本日はよろしくお願いします。」
「DEEP TONE WORKSの世渡です。本日はお時間頂き誠にありがとうございます。」
社会人の挨拶をし、席に着く。金田はやや太めだが、高そうなスーツにオールバックで固めた髪で、清潔感のある男に見えた。目は捕食動物の見定めるように、真っ直ぐこちらを見ている。
「世渡さん、お話は伺っております。ただ、もちろんもう少しお伺いしないと何も言えません。何か準備してきて下さっているものがあれば、先に一通りお話して下さいますか?」
「はい、もちろんです。まず、今回弊社が資金調達を決意した背景としましては・・・」
そこから10分強、瀬戸は話した。開発中のゲームへの思い、社の強みの開発力、これまでの安定した業績、そんなことを必死で。一方の金田は途中で質問することもなく、瀬戸はまるで豆腐に釘を打ち付けているかのように感じた。つまるところ手ごたえが一切ない。
そして、これが金田の意味のある最初で最後の言葉であった。
「投資は難しいですね。貴方達のやりたいことの実現に資金調達が必要な理由はわかりますが、事業は趣味じゃない。貴方達なら、自己資金でも十分頑張れるでしょう。」
時間を無駄に奪っているにも関わらず、金田は優しくこんな不甲斐ない自分に対してもリスペクトがあった。
必要以上に否定することもなく、淡々と事実を述べる。だからこそ、可能性は一切ないことがわかった。瀬戸は食い下がることなく、その場を跡にした。
このあと、一週間で三社のVCと二人の知り合いのエンジェル投資家と会った。当然、すべてダメだった。
一応、三期の安定した業績がある会社で、一定の開発力はアピールできた。しかし、その程度の実績で多額の投資は受けられない。受諾で安定的に開発を回せるからといって、経営者として、会社として価値があるとは見なされないことを痛感した。スタートアップに対する投資は、人や技術に対する飛躍の可能性に賭けるものなのだ。可能性がある、と思わせる戦略を考えなければならない。
とはいうものの、何かに秀でた集団を作るのも、そうだと言い張るのも難しいのが現実。エキスパートやリサーチャーを採用できるだけの金はない。
であれば、技術だ。トレンドに何とかのるしかない。世戸は次の計画を考え始めた。
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