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欺瞞の美酒を
世渡のプランは、AIで何かいい感じにバーン・・・ということだった。なんか、バーンってしとけばゲームとシナジーあって良い感じじゃん?
この最高のプランを具体的なものに昇華すべく、DEEP TONE WORKSのテックリードの冴原技(さはら あや)に相談した。
「なあ、技師、AIでなんかいい感じにバーンってできないかな?」
「そのセリフ、まさかコードをバリバリ書いてる経営者から聞くことになるとは思わなかったです・・」
当然の反応といえば当然の反応。この考えに至るまでの背景、つまり何故バズワード的に乱用される言葉を絡めてゲームを作らないといけないのか、を簡単に説明した。
冴原はなるほど、と一言呟いた後、顎に右手を当てて考え始めた。今の説明で納得してもらえるとは、流石の察しの良さだ。
3分程度だろうか、沈黙の時間が流れた後、冴原が言葉を発した。
「今作っているゲームは、ユーザ同士のコミュニケーションに重点を置いていますよね。そこで、AIも自然に混じって会話する世界初のプラットフォーム、というのはどうでしょう?」
無茶苦茶だ。誰でもしかし、世渡はできもしないような事を言う人間ではないことを知っている。
「なるほど、たしかにそれが出来れば面白いし、インパクトも十分だ。まだ、続きがあるんだろう?」
「はい。もちろんそんなものうちの会社の誰も作れません。なので、ClearAI社が開発している最新の言語モデル"GPT-X"を使います。しかし、この技術は悪用が懸念され、論文も一部しか公開されていませんし、APIもごく一部の人にしか使用を許可されていません。今、一般の人が確かめられるのはデモページの対話AIだけです。それでもデモぺージを実行し、応答をゲームに流すことくらいはできます。もちろん実際のゲームに組み込む事はできませんが、一人に対してデモをするくらいならできます。つまり・・・そういうアイデアです。」
最後、言葉を濁したものの、何を言いたいのか世渡はよくわかった。スタートアップは適当な人間の集まりだ。冴原もまた、プロフェッショナルであり、適当な人間だということだ。
「無茶苦茶だな。それで行こう。今のアイデアを元に、要件はこちらで叩く。明日朝には伝えられる。頼まれてほしい。」
「わかりました。うまく今の開発と並行して進められるよう相談しましょう。」
最後に冴原は、人差し指を口の前に立て、イタズラを企んでいる子供のような笑みを浮かべながら言った。
「あっ、いい忘れてましたけど、責任は取りませんからね?私が言い出したって、言わないでくださいよ?」
二週間後、デモが可能な状態になった。ゲーム内のキャラクターに話しかけると、まるで人間が返信しているかのような流暢な日本語が帰ってくる。一方で、人間が即答できない難解な質問であってもすぐさま的確に答える。ここは課題でもあるのだが、裏で人間が手動で応答しているわけではない、という説得力と改善の可能性を示唆することができる、ということで逆に今回のケースではメリットとなっている。
正直想像以上だった。これならいける、と世渡は胸の高鳴りを感じた。
数日後、瀬戸は改めてサンライトベンチャーズにきていた。会議室はあの時と同じ。ウサギであることには違いないが、今回は捕食動物ではない。ライオンの腹の中に飛び込んで、内臓を食いちぎる。
会議室には、金田が先に座っていた。
「まさか、もう一度来られるとは思いませんでした。あの時はそんなにガッツのある方のように見えなかったので。今日は楽しみにしてきました、よろしくおねがいします。」
リスペクトがあった以前の金田とは打って変わって、今回は露骨に嘘を吐く。一切期待していないのにも関わらず無理やり駆り出されたのだろう。不機嫌であることが口調から感じ取れた。次はない。これがラストチャンスだ。
「そういって頂けると幸いです。以前、お話させて頂いたときに、金田さんは他の方と違いとても素直に意見を言って下さったので、
私どもと真に信頼できるパートナーになって頂きたいと改めて思った次第です。」
もちろん詭弁だ。
「そこで今回は我々が研究を続けてきた、自然言語処理の最新言語モデルによる対話AIについてお話させて頂きたいと思います。このことを信頼できない人に見せてしまうと、ただ会社と技術を奪いたいだけの人が近寄ってくるため、本当にパートナーになり得る可能性がある方にしか公開していないのです。どうかご理解を。」
この前の会議で、今回する話をしなかった理由を疑問に思われないよう、先手を打っておく。その上で、弊社の技術者がClearAIの論文を元にとても自然な対話AIの構築の研究を進めている、今回はそのデモがある、ということを話した。
「そして、これが開発中のデモになります。ぜひ、話しかけてみて下さい。」
世渡は自分のノートパソコンを金田に渡す。画面には、キャラクターが2体、ワールドを歩いている。片方が自分たちのキャラクターで、もう片方がAIだ。金田は熟れた手付きでキーボードを叩いて、しばらくAIとチャットを続けた。
「なるほど・・これは凄い。日常会話であればほぼ人間と遜色ないレベルの自然な応答ですね。一方で、人間が応答しているのではないということもまたわかります。」
想像通り食いつきが良い。ここで現状の課題と未来の展望を説いて畳み掛ける。
「一方、実用にはまだまだ課題があります。その中で大きなものが、体験されて分かる通り対話内容によってはAIだとバレてしまいます。まだつまり、AIが自身人生経験というコンテキストを保持していないのです。この部分の研究開発を勧めたいと思っております。弊社の人材に加え、新たに東都工業大学の原添研究室と共同研究の話も出ております。」
もちろん、そんな計画はないのだが。この後、MTGは盛り上がり30分ほど続いた。金田からも活発に質問され、世渡は何とかうまくそれも渡りぬいた。冴原が事前に用意してくれていた主要研究のタイトルと要旨一覧が大活躍だった。
そして、金田は最後にこう言った。
「わかりました。私も非常に可能性を感じました。是非あなた方と一緒に未来を作っていきたいと私は思いました。ただ、私だけで最終的な意思決定はできませんので、改めて検討後、世渡さんに連絡させて頂ければと思います。」
世渡はポーカーフェイスを維持できず、思わず笑みが溢れてしまう。ライオンの内蔵を食いちぎったウサギは、肉食動物だらけのサバンナを肩を風で切って歩いた。
一週間後、金田から世渡に電話がかかってきた。投資の意思決定が社で合意できた、との速報だった。世渡は会社のメンバー全員を集め、そのことを大々的に発表した。我々の勝利だ、と。後から振り返ってみると、ここが底のない地獄の沼から抜け出す最後のチャンスだったんだろう。そんなことも露知らず、世渡は朝まで会社の仲間と飲み明かした。
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