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この男は哲学者か何かだろうか。はたまた輪廻転生での生まれ変わりが怖いだけの臆病者だろうか。こういった心情吐露を否定せずに肯定する心療内科も大変だ。医師は心の中でやれやれと溜息を吐いた。
「輪廻転生もあるかどうかはわかりません。先程も言ったように死んだ後のことで不安を煽るような方の言葉を気にしていると悩みが深くなりますよ。お止めになられた方が」
「地獄や生まれ変わりが無いにしても、死んだら夢を見ずに眠ってる状態がずっと続くって思うと怖くないですか? だって、何も感じないんですよ?」
「医者としての見地を申しますと、死んだ後がどうなるかも分からないのでどうとも言えません」
「死んだらどうなるか。誰にも分からないから怖いんですよ。だから死にたくないんですよ」
「その気持ちは、わかります」
「ちょっとだけ、関係ないようである話していいですか?」
「どうぞ」
「私、熱帯魚を飼うのが趣味でしてね…… そうそう、この病院の受付に置いてある水槽の熱帯魚、実にいいディスカスだ、赤青緑黒白紫と実に美しい」
病院の受付に置いてある熱帯魚の水槽だが、実は高画質ディスプレイでのディスカスが泳ぐ映像を流しているだけである。科学万能の時代はついに本物の水槽と映像で映し出した水槽の区別もつかないぐらいに進歩したのか。医者は軽く苦笑いをしながら男の話に耳を傾けた。
「その熱帯魚も、つい昨日全滅しちゃいましてね…… ヒーターとエアレーションが止まってたんですよ」
医師は軽く手を上げた。
「すいません、エアレーションとはなんでしょうか? すいません、不勉強なもので」
「ああ、ブクブク泡出すやつですよ。あれで水槽内に酸素を送り込んで水の温度を下げたり循環させたりするやつです」
「ああ、言われてわかりました」
「まぁ、エアレーションなんて僕らみたいな熱帯魚飼いぐらいしか使わない言葉ですし、知らなくても仕方ないです」
「いえ…… それで、ヒーターとブクブクが止まったとのことですが」
「実家から母が遊びに来たんですよ。それでちょっと部屋の掃除をしまして…… 掃除機のために水槽に繋がっているコンセントを外したんですよ」
「成程、これでコンセントが外れて熱帯魚が全滅したと」
「熱帯魚って儚いものですよね。水槽の温度が下がって、酸素の循環が出来なくなっただけで死んじゃうんですから。機械とコンセントって繋がってないと駄目ですよね」
「機械は電気がないと動きませんよ。凍結棺だって所詮は人間サイズの凄い冷蔵庫ですからね。電気がなければただの棺です」
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