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「あの、お仕事の方は? いきなり仕事に穴を開ける訳にはいかないでしょう?」
「大丈夫です、株ニートなので」
「先程、お母様のお話をされていましたが、お母様はどのように仰られておりますでしょうか。以前に自分一人の独断専行で冷凍睡眠に踏み切られた方がおりまして、ご家族の反対を押し切ってのもので、そのご家族が病院を訴えられまして…… 出来ればご家族の承諾を頂いた上でお願いしたいのですが」
「心配ないです。前の元号の末期生まれで考え方が古い人ですけど、何とか承諾してくれました。病気とかになったらお願いするかもって笑いながら言ってましたよ」
「左様ですか」
こうして、男は冷凍睡眠へと入ることになった。
男は冷凍睡眠に入る準備を着々と進めていた。
血液を全て不凍生理食塩水に入れ替え、皮膚に浮き上がる血管が見えなくなり、鏡で自分の目を見て目の充血の赤が一切無いことに激しい違和感を覚えていると、医師が男を呼び出した。
「どうぞ、こちらにお入り下さい」
男は医師に促され凍結棺の中に仰向けで横たわる。見えるのは無機質な天井。そして蓋が閉じられた、蓋のガラスを医師が覗き込み、蓋に設置された小型マイク越しに話しかけてくる。
「どうですかー?」
「良好です」
「では、凍結開始のボタンを押しますねー。あっという間にこの中が絶対零度になりますけど、冷たいと感じる前にはもう体は睡眠に入ってますのでご心配なく。凍傷も不凍生理食塩水のお陰で一切出来ませんのでご安心下さい」
「あ、はい、わかりました」
「それでは、おやすみなさい」
医師は凍結開始のボタンを押した。蓋のガラスが瞬く間に白く染まる。男は医師の姿が完璧に見えなくなる前に最後の挨拶を交わした。
「おやすみ」と。
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