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男の眠る冷凍睡眠室では、男と同じ冷凍睡眠者達が凍結棺の中で夢見る毎日を送っていた。部屋に入るのは基本、冷凍睡眠科の医者か新しく冷凍睡眠に入るものだけである。
いや、もう一人いる。掃除のオバチャンである。彼女は冷凍睡眠者が眠る凍結棺の清掃と、冷凍睡眠室の床掃除を任されていた。
ちなみに今日がこの病院に来ての初勤務である。冷凍睡眠室の清掃の時給は良く、彼女は張り切っていた。
「あらら、床に埃が溜まるのね」
オバチャンは掃除機で床の埃を吸い始めた。激しい掃除機の音が冷凍睡眠室に響き渡る。その音にも関わらず冷凍睡眠者達は起きる気配を一切見せない。
人間、眠っている間でも耳だけは機能していると言うが、冷凍睡眠はその機能さえもなくす程に人体を完全に眠りに就かせているのであった。
オバチャンが掃除を進めていると、部屋の半分を過ぎた辺りでコンセントのコードがピンと張り、先に進めなくなってしまった。
「あらら、入り口前のコンセントじゃ駄目ねぇ。この部屋、無駄に広いから困っちゃうわぁ」
オバチャンは入り口前のコンセントを外した。そして新たなコンセントを探す。見つけたのは男と凍結棺と繋がるコンセントの差込口だった。
「ちょっと、かりちゃお」
オバチャンはコンセントを引き抜き、掃除機へと繋ぎ、床掃除を再開した。
男の凍結棺の電源が絶たれ、停止する。
-273.15℃の絶対零度が解除され、男の凍結棺の中は徐々に徐々に部屋の室温へと上がっていく。この時点で直ちに不凍生理食塩水から自分の血へと入れ替えなければならないのだが、冷凍睡眠室に医師はおらず、その処置が出来るものは誰もいない。彼女が床掃除を行っているうちにも男の死のカウントダウンは近づいていく……
男はノンレム睡眠中の夢を見ない深い眠りのまま亡くなった。深い眠りに入った状態の死であったために、本人が死を認識することはない。
オバチャンは再びコンセントを男の凍結棺に繋ぎ直したが、手遅れだった。男は既に亡くなっているために、凍結棺にて行っているのは単なる死体の冷凍保存である。彼女は自分が「ちょっとコンセントを借りただけ」で一人の命を散らすことになってしまったとは露ほども考えない。
冷凍睡眠室の掃除を終えたオバチャンは部屋を出る際、所狭しと並べられた凍結棺の中に眠る冷凍睡眠者に向かって優しく囁くように言った。
「おやすみ~」
その中の一人が永遠に「おやすみ」になったとは彼女は夢にも思わない……
おわり
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